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日限地蔵

最終更新日 2019年3月14日

港南区の民話

日限地蔵 下永谷

むかしむかし、永谷村に飯島勘次郎という、お百姓さんがいました。
いつも、いつも、持病の「癪」という病気に苦しんでいました。癪は、いまの胃けいれんのことで、胃が何かでねじ込まれるような痛みを起こすものなのです。
ある日、いつものような激痛に、ころげ回っている時に、たまたま、通りかかった一人の旅の僧から「伊豆国の三島にある、蓮馨寺という寺にある日限地蔵を信仰すれば、癪の痛みは、たちまち治る」
と教えられました。
さっそく勘次郎は、旅仕度をして、遠い伊豆の寺を訪ねました。
一生懸命、祈願していると、いつの間にか癪の痛みがなくなっていました。そこで勘次郎は蓮馨寺にお願いして、分身を頂き、大事に永谷村に持ち帰りました。
慶応二年(1866)七月、現在の港南区の西の境、戸塚区の舞岡町と接する所に、お堂を建てました。
そこは武相国境の山波が連なり、人里はなれた、霊地としてのおもむきがありました。
昭和三年(1928)に、勘次郎の子孫がお堂を修理増築をして、高野山真言宗、八木山、福徳院としました。
この地蔵尊は、長野と山梨にまつられている分身と共に「日本三体地蔵」の一つといわれ、高さ約八十センチメートルの石仏です。
毎月「四」のつく日が縁日で、この日に願いごとをすると、必ずかなうといわれています。
「四」の付く日には、交通の便もわるかったこの山奥へ、伊勢佐木町かいわいのはなやかな街の人たちや、遠くは横須賀方面からも、「願かけ」に大ぜい訪れ、市もたち、とてもにぎわいました。
この人たちの、あでやかな姿を、一日見ようと、村の人たちは木の間や、やぶのかげから見るのを、楽しみにしていました。
現在でも、県内各地から参拝者が訪れ、店も立ち並び、むかしと同じような、にぎわいを見せています。

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