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野庭の赤ナス

最終更新日 2019年3月14日

港南区の民話

野庭の赤ナス 野庭

むかし、野庭村は、人も少なく、さびしい村でした。雑木林が広がり、人々は、畑を中心に野菜を作って生活していました。
村の子どもたちは、いつも元気で、日がくれてやっと家に帰ると、みな真っ黒けでした。
「今日もね、うさぎを見つけたんだよ。ね」
「ぜったい、はさみうちにしてやろうと思ったのにさ、また逃げられちゃったよ」
「あいつら、はやいんだよなあ、うさぎ谷へ入ったら、あっという間さ」
うさぎ谷とは、うさぎがいっばいいる谷のことです。
子どもたちは、たっぷりと家の手伝いもしました。中でも、この家の末の弟は、なぜか、いそいそと畑に出ていきます。それは、真っ赤なナスが実っていたからです。
日本に、まだ外国の人があまりいなかったころ、横浜の港からたくさんの外国人が入ってきて、住みつくようになりました。
そして、西洋料理には欠かせない野菜を、このあたりでも作るように決められたのです。
畑仕事をしながら、末の弟は、そのめずらしい赤ナスに心をうばわれていました。どんな味なのか想像もつきません。
赤ナスは、緑色から、日に日に赤くなっていきます。けれども、父も母も、中華街で買ってもらう大事な作物だからと言って、食べさせてはくれませんでした。

野庭農業専用地域の写真
野庭の農業専用地域

他の西洋野菜も作られていましたが、何と言っても一番知りたいのは赤ナスの味でした。
ある日、とうとう、重そうにぶら下がっている赤ナスをもぎ取ると、ガプリ・・・。
「うぁっ」
口中に青臭い汁があふれました。あわてて吐き出しましたが、のどにも鼻の奥にも、そのみょうなにおいがはりついたかのようです。
目くばせしながら、弟の様子をこっそり見ていた二人の兄は、「やったぁ」と、大笑い。
弟は、初めての味にびっくりしたのでしょうか・・・。この弟だけでなく、二人の兄はもちろん、一度これをかじってみた者はだれも、二度と食べてみようとはしなかったそうです。
日本中のほとんどの人が、まだトマトを知らなかったころのことです。野庭村の人々は、いちはやく、その「赤ナス」と呼ばれていた「トマト」の、味見をしたんですね。


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