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村に電気がきた日

最終更新日 2019年3月14日

港南区の民話

村に電気がきた日 下永谷

むかし、電灯は一日中ついているわけではありませんでした。夜には電灯がつきましたが、朝になると消されてしまうようになっていました。
電気が引かれ始めたころには、営業所で、朝晩電気のスイッチを入れたり切ったりしていたのです。つまり、永谷村にも昼は、電気が流れてこなかったということなのです。
大正時代の終わりごろのことです。永谷村にはじめて電灯がつくことになりました。電線をまつすぐに引くために、田んぼの中でも、屋敷の中でも、どこでもかまわず“電信柱”を立てていきました。
電気がくるということで、村じゅうが総出で、電信柱をかついだり穴を掘ったりして工事を手伝いました。
それまでは、ランプの明かりでくらしていました。油煙でランプがすぐ黒くなり、うす暗くなってしまうので、毎朝これをみがくのが子どもの仕事でした。だから、子どもたちは電灯がつくのを、とても楽しみにしていました。
電灯は、一軒に一灯ぐらいで、ながーくした電灯線を、家族の集まる部屋へ引っ張っていって使うのです。
工事も終わり、電灯のつく日になりました。
野良仕事を早じまいして、じいちゃん、ばあちゃん、とうちゃん、かあちゃん、それに子どもたちみんなが電灯の下に集まつて、電気がくるのを、今かいまかと待ちました。
「今日は電気がつく日だ。野庭のほうは電気が光ってたからよオ、すぐ永谷にも電気がくんだろうよ」
と村の役場の人が来ていうと、村人たちは、
「もうそろそろ下永谷にもつくんじやねえのかあ」
としきりにおもての方を気にして、家を出たり入ったりしていたそうです。
おそらく、昔の人は電気が流れるという話を聞いて、まるで水が流れるように、野庭の方から、ゆっくりと流れてくるのだろうと思っていたのでしょう。
「ヒエー、明るくて、まぶしくて、目ん玉がいてえくれえだ」
電灯がついた時、あまりの明るさに、村の人々は口ぐちに話したそうです。

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