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久成寺の慰霊塔

最終更新日 2019年1月21日

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53.久成寺の慰霊塔(平沼1丁目20の26)

久成寺の慰霊塔


平沼一帯の埋め立てで、今に名を残す平沼家七代九兵衛氏は、鬼子母神の信仰が篤く水天宮の隣に堂宇を建てたが、これを更に発展させるべく漢学者でもあった大野宣輪(日涵)上人を招いて教会所を開いた。日涵上人は千葉中山法華教寺の久成坊日寛上人の遺志を継いでその坊を当地に移し、平沼山久成寺としたため中興の祖とされる。

山門前にある高さ4.8メートルの堂々たる石塔は、むかし西戸部くらやみ坂にあった刑場の処刑者を慰霊するためのもので、明治27(1894)年ここに移された。正面には日蓮宗独特の髭題目、側面には切々たる鎮魂の賦を刻んだこの石塔の傍らに立つと、一種凄愴の気に搏たれる思いがする。
凄愴 (1)悲しくいたむ (2)すさまじい

文・絵 長谷川 泰 (西区文化協会 騎虎の会主宰)

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