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2024年3月号 山崎洋子さん寄稿「明治5年の国際裁判 マリア・ルス号事件」

 海、港、緑、歴史、地域、人々、さまざまな魅力を持つ横浜。この街の彩りを「よこはま彩発見」としてお届けします。今回は、作家の山崎洋子さんに、横浜中華街(中区)に関連して「マリア・ルス号事件」について寄稿していただきました。

最終更新日 2024年4月2日

「広報よこはま」2024年3月号「よこはま彩発見」の掲載内容はリンク先をご覧ください。

明治5年の国際裁判 マリア・ルス号事件

作家 山崎 洋子

山下町公園
會芳楼があった山下町公園(2024年1月)

 平成14(2002)年、女優の五大路子さん率いる横浜夢座が「KAIHORO(會芳楼)」という芝居を上演した。背景は明治5(1872)年の横浜。會芳楼は、いま中華街の山下町公園になっている場所に、当時、実在した建物だ。店内には舞台があり、客は中華料理を味わいながら出し物を楽しむ。清国人(当時、中国は清国)はもとより、日本人、居留地の外国人なども集うという、横浜を、そしてこの芝居を象徴するような存在だった。脚本を書いたのは私。ストーリーはこれから紹介させていただく実話をもとにしている。

帆船の描かれた絵図
帆船が描かれた絵図「異国船之図」(横浜市中央図書館所蔵)

 明治5年と言えば馬車道にガス灯が灯り、新橋・横浜間に日本初の鉄道が開通した年。開港場横浜はますます華やぎを増していた。6月4日(1872年7月9日)、暴風雨に遭遇して修理が必要になったペルー船、マリア・ルス号が横浜港に入港。数日後、この船から清国人が数人、海に飛び込み、近くにいた英国船に救助された。彼らの話から、マリア・ルス号は奴隷船であることが判明する。船長のヘレイロは「ペルーで数年働けば大金を持って国に帰れる」と甘言を弄し、マカオで貧しい清国人労働者を集めた。それを信じて200人を超す男たちが乗船した。が、彼らを待っていたのは船底の鎖と、ろくに水も食べ物も与えられないという劣悪な待遇だった。

浮世絵に見る辮髪の清国人
浮世絵に見る辮髪の清国人「武州横濱八景之内 朝市乃雪」(神奈川県立歴史博物館所蔵)

 奴隷解放を伴う米国の南北戦争直後とあって、人身売買は国際的に非難されていた。清国人を救出しなければならない。外国人居留地には清国人のコミュニティであるチャイナタウンもすでに形成されていた。しかし彼らの母国である清は英国との阿片戦争などもあり、弱体化している。同胞とはいえ、助けになるような力はない。一方、欧米列強国は、日本の港で発覚した事件なのだから日本が解決すべきだ、と少々意地の悪い目線で高みの見物を決め込んでいる。開国したとはいえ、先進国から見れば、日本はまだまだ国際社会を知らない後進国。ペルーと争うなら国際裁判ということになるが、前年の明治4年にようやく司法省というものができたばかり。近代裁判の経験が、国内でさえほとんどない。おまけに伊藤博文をはじめとする政府首脳が、大挙して二年越しの海外視察に出かけている。面倒だから関与せずに放っておけ、という空気が日本政府内に流れていた。

大江卓
大江卓〔1847-1921〕(卓囲会提供)

 しかし外務卿の副島種臣は、こんな時だからこそ日本は逃げるべきではないと主張。25歳の神奈川県参事だった大江卓をその役目に抜擢した。まだ若いが、大江は人権問題にも見識が深い。これを受けて神奈川県権令(副知事)に就任している。ややこしいことにこの裁判における大江の役割は、裁判官、検察官、弁護士を兼ねるような役目……といえば、それだけの権力を持てば勝てるでしょう、と思われるだろうが、そうではない。それぞれの専門家がまだいなかっただけのことで、内容は国際社会が納得する近代裁判でなければならないのだから。

お礼の大旆
大江卓に贈られた大旆(神奈川県立図書館所蔵)

 大江はまず「清国人一人一人に聞き取りをしたいので、全員をいったん陸にあげてほしい」とヘレイロ船長に申し入れる。どうせ自分が勝つ、と舐め切っているヘレイロは、どうぞどうぞと応じた。清国人たちはすぐに船から寺へ移され、鎖を解かれ、丁重な世話を受ける。日本に上陸したからには、もはや日本の保護下。ヘレイロの意志で船に戻すことはできない。自分の失敗に気づいたヘレイロは急いで手を打った。やり手で日本語も堪能な英国人代言人(弁護士)フレデリック・ディケンズを雇う。ディケンズが法廷に持ち出したのは、遊郭に売られた娼妓の証文だった。これはれっきとした人身売買ではないか。こんなことをしている日本が他国を人身売買で責められるのか、というわけだ。身売り代金は親などが受け取り、その金は借金というかたちで娼妓の身を縛る。万事窮すかと思われたが、大江は間髪を入れず県下に娼妓解放令を出した。借金はすべて棒引き。娼妓は自由の身。実に乱暴なやり方ではあるが、その勇気と決断力には驚嘆せざるを得ない。
 こうした丁々発止を演じる一方で、大江は必死に万国法を学んでいた。国際社会が納得する裁判にして、なおかつ勝たねば諸外国と肩を並べることはできない。ロシア皇帝まで関与するほどの国際裁判になったが、結果を言うと日本は裁判に勝利し、清国人たちは全員解放された。息を呑んで見守っていたチャイナタウンの華僑たちは歓喜し、感謝のしるしとして大旆(たいはい)(大きな旗)を大江と副島種臣に贈った。

朝陽門
横浜中華街 朝陽門(2024年1月)

 横浜中華街はその後の歴史においても、日清戦争、日中戦争と、辛い歴史を生き抜いた。私たちはこうした歴史を大切に記憶し、世界に誇る中華街を擁する横浜市民として、どんな時も友好を護っていきたいと願わずにはいられない。

作者プロフィール

作者

 山崎(やまざき) 洋子(ようこ)
 作家。1947 年、京都府⽣まれ、横浜市在住。第32回江⼾川乱歩賞受賞。『横浜開港絵巻 ⾚い崖の⼥』『横濱唐⼈お吉異聞』『天使はブルースを歌う』など横浜を舞台にした作品多数。

【受付終了】読者プレゼント

山崎洋子さん著書

 応募受付は終了し、 当選者に4月2日(火曜日)に賞品を発送しました。ご応募ありがとうございました。

 いつも『広報よこはま』・「よこはま彩発見」をご覧いただき、ありがとうございます。感想をお寄せいただいた方の中から抽選で、山崎洋子さんご本人のサイン入り著書『天使はブルースを歌う』を5名様にプレゼントします。ご希望の方は、次の6項目※を明記し、郵便はがき(〒231-0005 横浜市中区本町6-50-10 横浜市役所政策局広報課 あて)又は電子メール(ss-saihakken@city.yokohama.jp)でご応募ください。締切は2024年3月31日(日曜日) 必着です。
※ 1.郵便番号、2.住所、3.氏名、4.感想、5.読んでみたい記事、6.「3月号プレゼント希望」
 なお、当選者の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。また、いただいた個人情報は、賞品の発送以外の目的には使用しません。

読者プレゼント問合せ先 横浜市役所政策局広報課 TEL:045‐671-2331 FAX:045‐661-2351

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