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長津田統制無線中継所跡
最終更新日 2025年12月26日
長津田統制無線中継所跡(登録番号023)2025年登録
長津田統制無線中継所跡
現在の「高尾原」バス停前に、かつて、長津田統制無線中継所がありました。
昭和16年2月、東京から博多までを結ぶ無線電話幹線を整備する計画が始まりました。今日の無線通信ネットワーク(伝送網)に繋がる革新的な超短波多重通信の新技術を実用化させた計画でした。この通信幹線を統制する端局として、標高が高く見通しの良い長津田辻の地に長津田統制無線中継所がつくられました。超短波無線を受信するアンテナ柱は木柱3本をつなぎ、25メートルの高さを確保しました。
このように始まった長津田統制無線中継所でしたが、太平洋戦争激化の中で、別の役割を担うこととなります。
昭和19年3月26日、硫黄島が陥落すると、八丈島が本土防衛の最前線拠点となりました。要塞化が進む八丈島との通信に、富士山山頂に新設された富士無線中継所と長津田統制無線中継所が利用されました。この通信回線を「八丈回線」といいます。
昭和19年8月、「絶対国防圏」とされたマリアナ諸島が攻略されると、八丈回線はB-29爆撃機の襲来を伝える回線となりました。
アメリカ軍の拠点となったマリアナ諸島から日本本土を目指して北上するB-29爆撃機は、必然的に八丈島付近を通過します。また、目的地に向け、機首を転換する位置関係でもありました。敵機を察知した八丈島基地からの通信は、八丈回線を通じて司令部に伝えられ、ラジオから流れる空襲警報となりました。
空襲を伝えた木柱は、昭和31年12月の長津田統制無線中継所廃局後、長津田辻自治会に引き継がれ、火の見半鐘の木柱として再利用されました。
平成19年に撤去されるまで、半世紀以上も地域の安全を見守り続けた木柱は、現在も地域に保管されています。(通常非公開)

▲長津田無線中継所正面(『長津田無線史』)

▲長津田無線中継所全景(『長津田無線史』)

▲東京-福岡間超短波多重通信計画図(『電気通信自主技術開発史 多重無線編』)

▲「八丈回線」中継所設置図(『電気通信自主技術開発史 多重無線編』)※引用にあたり、図像を90度回転させています。

▲昭和30年頃の長津田統制無線中継所

▲長津田辻の火の見半鐘として再利用された長津田統制無線中継所のアンテナ木柱
所在地
横浜市緑区長津田町5724番(長津田統制無線中継所の跡地) ※現地に説明パネルがあります。

【徒歩ルート】
東急田園都市線 すずかけ台駅より徒歩13分
【バスルート】
JR横浜線/東急田園都市線 長津田駅(南口)より
東急田園都市線 南町田グランベリーパーク駅(北口)より
■神奈中バス[津01系統]乗車、バス停「高尾原」前(徒歩0分)
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