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川柳

最終更新日 2018年9月6日

川柳(せんりゅう)狂歌(きょうか)

川柳(せんりゅう)」は、江戸(えど)時代(じだい)浅草(あさくさ)名主(なぬし)柄井(からい)川柳(せんりゅう)始めた(はじめた)(みじか)()のことです。(かたち)は5・7・5の17(おん)(おお)くは口語(こうご)表現(ひょうげん)されました。庶民(しょみん)生活(せいかつ)江戸(えど)様子(ようす)をおもしろおかしく()みあげました。当時(とうじ)(うた)われた川柳(せんりゅう)には『武具(ぶぐ)馬具(ばぐ)() アメリカさまと そっといい』のような川柳(せんりゅう)がありました。この川柳(せんりゅう)は「もしかすると、(たたか)いになるかもしれないというので、幕府(ばくふ)は、旗本(はたもと)御家人(ごけにん)はもちろん、諸大名(しょだいみょう)にも(めい)じて警備(けいび)にあたらせた。そのため、武器(ぶき)馬具(ばぐ)がよく()れるようになり、ふだんなら10(りょう)ほどのものが、70(りょう)から80(りょう)にもなったという。武具(ぶぐ)馬具(ばぐ)()は、「アメリカがきたおかげだ」と大喜(おおよろこ)びした」という意味(いみ)です。(「黒船(くろふね)来航(らいこう)倒幕(とうばく)への(うご)き(調(しら)学習(がくしゅう)役立(やくだ)つ11)」による)
狂歌(きょうか)」は短歌(たんか)形式(けいしき)(5・7・5・7・7)でつくられ、こっけいで風刺(ふうし)のきいた(うた)でした。当時(とうじ)太平(たいへい)の (ねむ)りをさます 上喜撰(じょうきせん) たった四杯(よんはい)で (よる)(ねむ)れず』というような狂歌(きょうか)がはやりました。上喜撰(じょうきせん)はお(ちゃ)()であるが、「蒸気船(じょうきせん)」とかけたもの。つまり、「平和(へいわ)がつづいてねむりこけているような()(なか)だったが、上喜撰(じょうきせん)をたった4はい()んだだけで(蒸気船(じょうきせん)がたった4(せき)きただけで)、(よる)()られないようなだらしなさだ」とひにくった狂歌(きょうか)です。(「黒船(くろふね)来航(らいこう)倒幕(とうばく)への(うご)き(調べ(しらべ)学習(がくしゅう)役立(やくだ)つ11)」による)

参考文献

『日本史事典』 藤野保/ほか編 朝倉書店 2001

『日本史用語大事典』 武光誠/ほか編 新人物往来社 1995

『広辞苑(5版)』 新村出/編 岩波書店 1998

『人物・遺産でさぐる日本の歴史 調べ学習に役立つ 11』古川清行/著 小峰書店 1998

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