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川柳

最終更新日 2024年8月1日

川柳(せんりゅう)や狂歌(きょうか)

「川柳(せんりゅう)」は、江戸(えど)時代(じだい)に浅草(あさくさ)の名主(なぬし)柄井(からい)川柳(せんりゅう)が始めた(はじめた)短(みじか)い詩(し)のことです。形(かたち)は5・7・5の17音(おん)で多(おお)くは口語(こうご)で表現(ひょうげん)されました。庶民(しょみん)の生活(せいかつ)や江戸(えど)の様子(ようす)をおもしろおかしく詠(よ)みあげました。当時(とうじ)詠(うた)われた川柳(せんりゅう)には『武具(ぶぐ)馬具(ばぐ)師(し) アメリカさまと そっといい』のような川柳(せんりゅう)がありました。この川柳(せんりゅう)は「もしかすると、戦(たたか)いになるかもしれないというので、幕府(ばくふ)は、旗本(はたもと)・御家人(ごけにん)はもちろん、諸大名(しょだいみょう)にも命(めい)じて警備(けいび)にあたらせた。そのため、武器(ぶき)・馬具(ばぐ)がよく売(う)れるようになり、ふだんなら10両(りょう)ほどのものが、70両(りょう)から80両(りょう)にもなったという。武具(ぶぐ)・馬具(ばぐ)師(し)は、「アメリカがきたおかげだ」と大喜(おおよろこ)びした」という意味(いみ)です。(「黒船(くろふね)来航(らいこう)と倒幕(とうばく)への動(うご)き(調(しら)べ学習(がくしゅう)に役立(やくだ)つ11)」による)
「狂歌(きょうか)」は短歌(たんか)の形式(けいしき)(5・7・5・7・7)でつくられ、こっけいで風刺(ふうし)のきいた歌(うた)でした。当時(とうじ)『太平(たいへい)の 眠(ねむ)りをさます 上喜撰(じょうきせん) たった四杯(よんはい)で 夜(よる)も眠(ねむ)れず』というような狂歌(きょうか)がはやりました。上喜撰(じょうきせん)はお茶(ちゃ)の名(な)であるが、「蒸気船(じょうきせん)」とかけたもの。つまり、「平和(へいわ)がつづいてねむりこけているような世(よ)の中(なか)だったが、上喜撰(じょうきせん)をたった4はい飲(の)んだだけで(蒸気船(じょうきせん)がたった4隻(せき)きただけで)、夜(よる)も寝(ね)られないようなだらしなさだ」とひにくった狂歌(きょうか)です。(「黒船(くろふね)来航(らいこう)と倒幕(とうばく)への動(うご)き(調べ(しらべ)学習(がくしゅう)に役立(やくだ)つ11)」による)

参考文献

『日本史事典』 藤野保/ほか編 朝倉書店 2001

『日本史用語大事典』 武光誠/ほか編 新人物往来社 1995

『広辞苑(5版)』 新村出/編 岩波書店 1998

『人物・遺産でさぐる日本の歴史 調べ学習に役立つ 11』古川清行/著 小峰書店 1998

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