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佐久間象山
最終更新日 2018年9月5日
佐久間象山(または「さくまぞうざん」)
1811年(文化8年2月16日)に信州(今の長野県)生まれ、1864年(元治元年)に54歳で亡くなりました。6歳から勉強を始め文学の才能もあり、剣の道にも優れていました。清(今の中国)がイギリスに開国させられた頃から、日本も危ない状況にあると考え、砲術を学び海岸の守りを固めることを主張しました。また、外国の状況を知らなければならないと考えて、1854年ペリーが日本に来た時に弟子の吉田松陰を外国に行かせようとしました。しかし松蔭は捕まってしまい、それを応援していた象山も罰を与えられ家の中に閉じ込められてしまいました。しかし、そのような状況にあっても本を読んで勉強をしていました。その後罪を許されましたが、数年後には象山の考えに反対する人に殺されてしまいました。野毛山公園には象山の石碑が建っています。
参考文献
『日本人名大事典第3巻』 平凡社 1979
『日本史事典』 藤野保/ほか編 朝倉書店 2001
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