最初に訪れたのは、瀬戸神社。
京急線・シーサイドラインの金沢八景駅から歩いて2分ほどと、非常にアクセスしやすい場所にあります。
元来、この地は海上交通の難所であったために、海神を祀っていたところだったようです。そこに、源頼朝が挙兵した際、戦勝を祈願した伊豆三島明神を勧請したことが瀬戸神社の始まりと伝えられています。
ここには、源頼朝の子、源実朝が使用し、母の北条政子が奉納したといわれる、舞楽面の「抜頭面」「陵王面」(いずれも国の重要文化財)をはじめとした、鎌倉時代から伝わる貴重な文化財が多く保存されています。
アジサイが美しいことでも有名な瀬戸神社
続いて、瀬戸神社の向かい側にある、琵琶島神社に伺いました。
「琵琶島」とあるとおり、海中に島が築かれ、そこに建てられている神社です。
源頼朝が瀬戸神社を建立した際に、夫人の北条政子がそれにならい、日頃信仰していた琵琶湖の竹生島弁財天を勧請して建てたと伝えられています。
弁財天ゆかりの地にちなみ、横浜金澤七福神の弁財天像がありました
旭区には、鎌倉時代に活躍した武将「畠山重忠」ゆかりの地が多くあります。
まず訪れたのは、相鉄線鶴ケ峰駅から歩いて7分ほどの旭区役所の近くにある、畠山重忠没後750年を記念して建立された「畠山重忠公碑」と、没後800年を記念して植えられた「さかさ矢竹」です。
この「さかさ矢竹」は、重忠が矢に当たった際、「我が心正しければ、この矢に枝葉を生じ繁茂せよ」と言い、2本の矢を地面に突き立て、その後矢が根付き、毎年2本ずつ増えて茂り続けたと言い伝えられています。
(昭和40年代中頃までは旭区役所北東側の土手一帯に茂っていたそうですが、その後消滅してしまったため、現在の位置に再度植えられています)
このほかにも、旭区役所の近くには重忠の首が愛甲(あいこう)三郎(さぶろう)季(すえ)隆(たか)に斬られ、祭られたところといわれている「首塚」もあります。
そして最後に訪れたのは、薬王寺です。
こちらには、重忠をはじめ、一族郎党134騎を埋めたと伝わる「六ツ塚」があります。
境内にある6つの塚
また、霊堂である薬王寺には、重忠が祭られており、毎年命日の6月22日には、慰霊祭が行われています。
このほかにも、旭区には畠山重忠ゆかりの地が点在しており、地域で親しまれています。
また、旭区で推薦のあった区内のおいしいものを認定している「あさひの逸品」のなかで、重忠にちなんだ商品を「重忠ブランド」として選定しています。
商品一例
今回、鎌倉時代ゆかりの地を巡ることで、また違った横浜の一面を知ることができました。また、ご紹介した以外にも、横浜市内には鎌倉時代をしのぶ史跡や、ストーリーが数多くあります。皆さんも鎌倉時代への思いをはせながら、まちを歩いてみてはいかがでしょう。
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