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インタビュー5

最終更新日 2019年1月16日

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→vol.5

(このインタビューは2005~2007年に実施したものです。)

井上照男さん

大棚町

井上照男さん

昭和7年(1932)1月生まれ
横浜市立山内小学校卒
法政大学卒業後、横浜市公立の小学校
山内小、都田小、勝田小等で教員生活を送る
現在、中川連合町内会長、大棚町内会長
すくすく保育園理事、都筑交流協会理事他


早渕川の一番の想い出は、新米教師の頃。
生徒たちと源流を訪ねた理科の時間。

今回は、中川連合町内会長・大棚町会長として、また中川西地区センターやスポーツセンター、都筑交流協会の理事、民家園の運営委員としても活躍される井上さんをお訪ねしました。言葉のはしばしに早渕川に寄せる思いが伝わってくるとても暖かなお話をお聞きできました。

こどもの川遊びメニューは、釣り、水遊び、そして「カイボリ」が定番3種

─山を背にして少し高台で川の向こうまで望める、いいお住まいですね。お生まれもここ大棚町ですか?

いえ、実家は今の区役所の裏から荏田東第一小学校にかけて、渋沢連合町内会といったあたりです。昔は、神奈川県都筑郡山内村荏田、渋沢川という小川があって辺り一帯が田んぼでした。まわりもうちもみんな──90パーセント以上が──農家といった土地です。僕は末っ子で後に教員になって所帯を持った時、昭和35年、にこちらに移ってきました。実家は荏田南に移って兄が「えだきん(荏田南近隣センター商店街)」で割烹料理屋(外部サイト)を始めました、今は甥が継いでいます。

─渋沢川でも遊んだ記憶はありますか?

ええ、渋沢川は田んぼに水を引く灌漑用水としてつかわれていた小さな川でした。釣りをするには絶好の川でしたね。雨上がりにはよく魚が釣れるんで、雨の日に学校を自主休校?して釣りをしてたら、先生の帰りに出っくわしたってこともありました。もう60年以上前だしこれは時効としてくださいね。(笑)
あと、カイボリ(と子どもたちは呼んでいた)をよくやったものです。上流と下流をせき止めておいて迂回路を作って魚を追い込む。堰を壊すから大人たちには怒られるんだがこれが楽しい。フナ、ハヤはもちろん、ゲ(ギ)バチ、エビ、ナマズが面白いほど獲れた。
小学校の低学年までは渋沢川で釣り・水遊び・カイボリこの3つでした。そして、もうちょっと大きくなったら早渕川で泳ぎの練習というのが、男の子の決まりみたいなものでした。

教師になってから活きた、大棚堰での水泳練習

(インタビュー1回目の大久保さんの絵(画像:57KB)を見ながら)小学校の3.4年になると大棚堰で泳ぎの練習です。プールなんて元からないので灌漑用の堰の自然プールですね。毎回、川の南側の荏田町と北側の中川町とのちょっとした小競り合いがあるが荏田側が少し強かったので大棚堰、追い払われた中川側はちょっと離れた小さい堰で泳ぐ、そりゃ男の子ばっかりです。

皆、とくに誰に教わるってわけじゃなくて、見よう見まねで泳げるようになる。あとで山内小学校の教員になって昭和38.9年ころにプールができると、水泳指導をすることになるわけですが、この大棚堰での水泳が活きました。まんざら無駄じゃなかったですね。

─ご自身も山内小の出身でらっしゃる。

今じゃ山内小に行くまでに十近い学校ができてますけれど、その頃は4kmはある道を歩いて通ってました。中川町の上(かみ)の方もずいぶん後まで山内小に通っていました。だから、(インタビューに登場した)大久保太市さん吉野ハマさんのお子さんもよく知っています。
小学校の後、僕は中学から大学までは綱島に出ることになったから、昭和19年から29年まで10年間ずーっと早渕川の堤防沿いを自転車で通いました。

─昭和19年頃からというと、戦時中ですね。

まわりは水田でしたから季節になると灌漑用に早渕川のそこここを堰き止めた水溜りができるわけです。夏になると川沿いに通う途中で、休憩時間なのかしら兵隊さんが矢橋とか待橋の欄干から飛び込んで水遊びする風景によく会いました。あれはちょっと高いので怖くてまねできなかった。

この目で見た!!分水嶺。思い出の源流探索ツアー

でもやっぱり一番早渕川で印象に残っているのが生徒達と一緒に…昭和30年代だね…山内小学校の教員になって子どもたちと一緒に理科の勉強で早渕川の源流まで歩いて水源を探ったことだなぁ。早渕川の源流は石ころだらけで最後は水がポタポタと岩からしみでてくる。朝1時間授業してそれからずーっと3時間かけて歩いて給食までに戻ってくる。
今じゃ校長先生も許しちゃくれないでしょうけれど…危ないとかでね。理科も本で勉強するだけみたいなものだしね、でも、じっさい川を見て川幅だとか、水量とか、水の流れ、どんないきものがいるかとか、それを勉強するのがほんとじゃないかと思うんだがね。鳥が水浴びしてるところとかを実際に見て感じるっていうのも必要じゃないかなぁ。
でね、このとき初めて分水嶺ってものがわかったっていうか実感したんです。こっからこっちは早渕川の横浜、そっちが…あれは川の名前は忘れたけれど川崎側との境ってはっきりわかったね。分水嶺ね。あれは貴重な体験でしたね。

─その頃の生徒さんたちの心にも残っているといいですね。

どうでしょうね、そうだとうれしいですね。もうみんな60すぎた歳でしょうが。(笑)

ネーミングコンテストでは「川のあるまち=早渕区」を提案

─やはり早渕川には思い入れもあります?

歩くのが好きですね。教員を退職した後、しばらく港南区のスポーツセンターに勤務していたときも、川づたいによく歩きました。半日勤務の時にはなるべく荷物は軽くして出社して、終わったら綱島から1時間半かけて早渕川沿いに歩いて帰るんです。お天気のいい日なんか気持ちいいし楽しかったですね。

また川沿いの風景がいいんです。春になると田んぼに水張るでしょ、6月はダーっと早苗の緑、秋には黄金(こがね)のじゅうたんが広がる…。そのころから、写真、カメラの趣味を持っとけばよかったのにって今でも残念に思うんです。
10年位前、それまでの港北区や緑区を分けて、新しく区にするときに名前を募集したんです。僕はもちろん都筑区ってのも出したけれど、なんか川の名前を活かしてあげたいと思って「早渕区」ってね。で、緑区だかは、「谷本区」か「恩田区」かですが、青葉区にはなかなかいい川がないところが、昔、石川の牧という牧場があったことから歴史にちなんだ「石川区」ってのも考えてみたりした。

─まちの中に川があるっていいですよね。なんか川を中心にして人の往来もありそうで。

みなきたウォークができて、親水公園(画像:50KB)もオープンしたらまた、人の憩いの場も増えそうですね。これから川っていうのはね、水に親しむとか癒しっていうかそういうところにもっていくと川もきれいにしようといった機運も生まれるでしょうね。

おすすめしたい、残していきたい都筑の一押し風景

─この第3部会に限らず、水と緑の魅力アップ推進委員会は都筑の中の景観のよい場所や、歴史文化に思いをはせる場所や、健康増進にも役立つような散策コースを整備したり、保存していこうと提案してきています。井上さんのおすすめしたいという場所があったら教えてください。

そうですね、茅ヶ崎橋から見るセンター南の夜景が僕は好きですね。吾妻山の近くから見るセンター南の夕方から夜にかけての風景もいいですよ。それから、僕も高齢になって車はもう運転しないことにしたので、よく歩くんですが、町内を巡るのに早渕川に沿って歩いてると、あぁまた会長歩いてるなんて声かけられます。ずーっといって、中川中学校のところから上がって尾根伝いに歩く道。

─あの道はいいですよね、私も大好きなところです。私の中では残したい風景の一番といってもいいくらいです。

ええ、あの道から大棚の公民館のほうへ降りてくるのが大棚町めぐり(笑)のコースです。
あとそうですね、正覚寺さん、花の咲く頃はいいですね、それから運営委員をやっているから言うんじゃないけれど民家園(外部サイト)もいいと思いますよ、山田富士も好きですね。お宮めぐりとか、お堂なんかもいいかもしれないね、老婆鍛冶山のお不動さんとか山の上の矢羽根不動も「やさきのみち」の言い伝えのもとですしね。

─「やさきのみち」といえば、先ほどの昔の渋沢川にあたるせせらぎを早渕川まで伸ばして緑道として整備しようという計画を今年の春にまとめました。(17年度報告書)

あのあたりはよく歩きますよ、心行寺が菩提寺なのでお墓参りするとかの帰りに昔の渋沢川に沿ってバス通りまで歩くのだけれど、水がないですねぇ。水量が確保できてせせらぎが早渕川までつながったらいいねぇ。早渕川に沿っての道も歩くのが楽しくなりそうですね。

─そこから「しらさぎのみち」を行った先の荏田の辺りには今も田園風景が広がっていますね。

えぇ、えぇあれはいい風景ですよね。春、夏、秋いつ見てもいいですね。風景としてもいいし。
昔は、森の木や土、田んぼがいわば貯水池の役目をしていて大水の出るのを防いでくれてたんですね。上流の開発の進んだころからですよ急に水が出るようになったのは。そういう意味でもあの風景は残していってほしいなぁ。この近くでは田んぼはあそこしか残っていません。あのあたりの田んぼをつくっている人はみんな知ってるけどね。(笑)
こういった活動やいろいろな計画をまとめていくうえで、これからも、水と緑の会議みたいな場が都筑区のなかで続いていってくれるといいですね。今日は懐かしい話ができて、よかった。

それこそ源流から始まり上流、中流、下流、そして支流まで、まるごと早渕川と関わっていらした井上さん。様々な公的なお仕事を現在もお引き受けになっているその根源に、この地への確かな愛があることを感じずにはいられませんでした。これからも、いろいろなご示唆をいただけるとうれしいです。ありがとうございました。

ギバチ
↑ギバチ、ちょっとナマズに似ている
「早渕川のいきもの」のページ


平成早渕川源流探訪現在の早渕川源流はどんなところ?
40年近く昔、井上さんが生徒たちと共に探索した早渕川源流をたずねてみました

源流1

青葉区美しが丘西住宅街の一角が
地図上の水源のようだ


農業専用地区として残っている丘のふもとは
のどかな田園風景


せせらぎの音が聞こえてくる


いよいよ水源か


えっ?このパイプが水源?
これがたどり着いた早渕川の「源流」だ


丘のふもとをめぐる細い流れがいつの間にか消え…


暗渠となって道の下に


と、丘の中腹に岩から水が湧いているようだ


こうすると水源らしく見える。
この「しぼり水」も源流の1つかもしれない


しばらく行くと、いきなり下水溝から
勢いよく流れが…


ここからあざみ野の市街地を流れて都筑へ



井上さんが好きだという茅ヶ崎橋からの夜景。
下は昼間の風景



矢羽根不動を訪ねる


↑町工場の間の路地奥に



↑かなり急な階段が



↑登り詰めるとお堂が



↑お不動様


やさきのみち検討会
↑振り返ると広々とした風景が広がっていた


中川中学校ホームページ(外部サイト)
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