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西区歴史さんぽみち 保土ケ谷道

最終更新日 2019年1月17日

戸部村と保土ケ谷宿との往来に使われたのが保土ケ谷道である。この道は、戸部町の稲荷神社の庚申塔からくらやみ坂を通り、西前町交差点で左折して願成寺門前へ出たあと藤棚地区商店街を通り過ぎて、JR東海道線を越え、保土ケ谷区岩間町大門通りで東海道に合流する。
また、戸部町の稲荷神社から東へは、野毛切り通しを通って野毛坂を下り野毛浦に達していた。

甘酒地蔵(首なし地蔵)

甘酒地蔵(首なし地蔵)の写真
久保町35-1


民家の敷地内に「甘酒地蔵」と呼ばれている5体の石仏が並んでいる。
昔、久保町には虫歯、お産、無尽の時などに祈れば必ず御利益がある地蔵があり、願望成就のお礼に甘酒を供えたという。これが甘酒地蔵らしいが、現在の地蔵が当時のものだという確証はない。
また、このうちの1体は「首なし地蔵」という説もある。古老の話によると、地蔵は首が折れていて、賭け事にご利益があったという。勝負師が賭けの前に地蔵に祈り、胴体の上に乗っている首を取って台座に置いた。賭けに勝てばお礼に首を戻し、負ければ首を戻さなかった。いつしか地元の人々が「首なし地蔵」と名付けたという(平成8年(1996)8月21日付け「神奈川新聞」)
※地蔵は、個人宅の横に安置されているので、お参りや見学は静かに


藤棚

藤棚の写真


藤棚周辺は、東海道保土ケ谷宿から開港場横浜へ向かう保土ケ谷道が通り、交通の要衝であった。明治の初めころから、鈴木屋(現在の横浜銀行藤棚支店辺り)があり、この店の軒一面に藤が繁茂していたという。この藤棚が地名の由来だ。その後、藤棚の名は市電の停留所に採用され、昭和3年には町名となった。この藤棚は、戦災で消失してしまったが、昭和52年(1977)4月に地元の手で復元された。これが現在の藤棚。


願成寺

願成寺の写真
西戸部町3-290


願成寺(がんじょうじ)は、戦国時代末、天文期に建立されたと言われる古い寺。明治時代に今の場所に移されるまでは、くらやみ坂の下にあった。
寺伝によると、昔、行基菩薩がこの地で渇きをおぼえたところ、一匹の亀に導かれ、清水で渇きをいやした。そこでここを法亀山と号したという。境内墓地には、スポーツ市長といわれた平沼亮三(15・16代横浜市長)、幕末の鎌倉事件(鎌倉で英国士官2人が殺害された)で処刑された清水清次と間宮一、港崎町(みよざきちょう)の遊郭でフランス水兵を殺害した亀吉(小亀)の墓がある。
※なお、願成寺山門下のお堂には、願成寺に古くからあったもの、藤棚交差点あたりにあった北向地蔵や、岩亀横町に合ったものと言われている3体のお地蔵さんが祭られている。


杉山神社

杉山神社の写真
中央1-13-1


西区役所の北側にある境内は約3600m2ほど。イチョウ、ケヤキなどの大木に囲まれた小さなオアシス。社伝によると創建は白鳳3年(652)、出雲大社の神、大己貴命(オオナムチノカミ)の分霊を祭ってある。大己貴命とは、因幡の白うさぎなどの神話で有名な大国主命(オオクニヌシノミコト)のこと。
境内には天神社、稲荷社、山王社、社宮祠社(くらやみ坂にあった「おしゃもじさま」)、厳島社、浅間社、三峯社、聖徳太子殿がある。市指定の古木、ケヤキもある。
現在の社殿は、昭和31年(1956)8月再築の鉄筋コンクリート造りで、同年の神奈川県建築コンクール第一部に入賞している。

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