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ぐるっとSTORY(2024年夏号)
最終更新日 2024年8月5日
「お仕事ステーション」では、地下鉄やバスで働く人たちを引き続き紹介していきます。
日常生活のなかではなかなか知る機会のない、市営交通の裏側にフォーカスした本連載。誌面に入り切らなかったインタビューをWEB限定記事としてお届けします! 今回は、2023年度に交通局へ入局し、バス乗務員として働くAさんへのインタビューです。
未経験からの挑戦
取材に現れたAさんは折り目正しくキリッとした印象だった。取材当時のAさんはお客さまを乗せての実務は2か月ばかり。
「ダイヤだったり、お客さまの対応だったり、やることは多くてまだまだ精一杯。まずは事故がないように、安心安全の運転を一番に考えています」
お客さまの着座完了を確実に見届ける。走行中に座席から立つお客さまはいないか気を配る。ブレーキ操作の前後は車内に目を配り、車内アナウンスも欠かせない。運行ダイヤも守らなくてはいけない。支払い時に残高不足で焦る方にも余裕をもって接する……。話を聞いているだけでも、これ以上ないだろうというマルチタスク。だが、「ちょっとずつ慣れてきました」とAさんは言う。
Aさんは元調理師。将来のキャリアを考えたとき、大きな車と運転が好きだったことからバス乗務員を目指した。バスを運転するために必要な大型二種免許をもっていなかったため、免許取得からの挑戦になる。さまざまなバス会社と比べた中で、Aさんは「バス乗務員養成コース」がある横浜市交通局を選択した。大型二種免許取得にかかる費用を、本人にかわって交通局が負担する仕組みだ。
「バス乗務員養成コースでは、免許取得にかかる費用を負担してもらえますし、未経験からでもその人にあった研修をしてくれます。4か月間の研修期間を終えて営業所に配属される頃には、自信をもって運転できるようになったこともあり、とてもいい制度だと実感しています」
Aさんは交通局に入局後、研修施設である安全教育センターで座学研修を受け、自動車教習所の合宿で免許を取得。その後は港北区新羽町にある研修コース内で車両操作の感覚をつかんでいった。
「コース内の地面にペットボトルが並んでいて、タイヤをぶつけないように運転をする練習がありました。『大丈夫だろう』と思って発進したら、破裂させてしまう。すぐに車から降りて、自分の感覚とミラーでの見え方、実際の車体の軌道が違うことを何度も確認します」
研修は運転だけでなく、接客技術も学ぶ。「ミスなし・事故なし・苦情なし」が条件とされる優良バス乗務員のゴールドマスタードライバーが運転するバスに乗り、彼らの技術を学んだ。マスタードライバーの接客技術の高さを噂に聞いていたAさんも、その人の笑顔を見て、乗ってすぐに「さすがだな」と感じたと言う。その技術を自分にも取り入れられないか、先輩に教わりながら探っていった。
「僕は顔が硬くて怖いって言われてしまうことがあって。表情を柔らかくするように意識しています。ほかにも、声掛けを意識して、よりよい接客になるように努力しています。例えば、ベビーカーを押している方の中には『早くベビーカーを固定しなきゃ』とか、周りの目を気にして焦っちゃう方がいるんです。そういう方には『ゆっくりで大丈夫ですよ』と一言付け加えるようにしていますね」
インタビュー中のAさん
尊敬できる指導員や先輩、同僚にも恵まれ、研修の日々を「すごく楽しかった」と振り返る。この短い実務期間に、お客さまからお褒めの言葉をかけられたこともあり、「見てくれている人がいる」と日々業務に励んでいる。
たった1本のバスでも必要とする人がいる
運輸業界は「2024年問題」や大型二種免許取得者の減少に直面しており、交通局も例外ではない。交通局では、バス乗務員の採用拡大を狙って採用条件の緩和や待遇改善を行っている。
「減便があって、困っている方もいらっしゃると思います。それはつまり、たった1本のバスでも必要とする方がいるということ。市民の生活を支えていると実感し、誇りに思えるところです」
Aさんはバス乗務員の仕事をこう話してくれた。
「バス乗務員は大変そうと言われますけれど、僕自身はいい仕事だと思っています。特に運転が好きだったりとか、人とコミュニケーションをとるのが好きだったりとか、そういう人にはすごく向いていると思います。最初はこんな大きいものを運転できるのかと不安でしたけど、今は運転できるようになりましたし」
休みの日に買い物に出かけたり、休憩時間に一度帰宅して家事をしたりすることもあり、ワークライフバランスもいい。そんなAさんが仕事をしていて好きな瞬間は運転する同期とすれ違ったときと、小さな子どもが手を振ってくれるときだという。
「同期とすれ違うと、『おっ、頑張っているな』となりますし、信号待ちのときなどに小さい子が手を振ってくれるのはやっぱりうれしい。手を振り返すと喜んでくれますね」
インタビューを行った港北営業所の会議室には幼稚園生や地域の子どもたちが書いたかわいらしい感謝状が飾られていた
「小さいころのバスに関する思い出はありますか?」と聞いてみると、Aさんは記憶をたどってこう答えてくれた。
「そういえば、僕の地元・北海道にあったバス会社が子どもに優しくて、昔はバスが待機している間に僕を運転席に座らせてくれましたね。そういう経験があるから、バスを好きになったのかもしれない……」
「大きい車や運転が好きだから、ずっと無事故無違反で運転手でありたい」というAさん。地元・北海道での体験が今をつくっているように、Aさんも誰かの憧れになっているかもしれない。
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