このページの先頭です

みなとへGO! 横浜港の歴史(3)

最終更新日 2019年3月15日

 横浜港の歴史(一般の方向け)
 開港 ~ 文明開化  市制施行 ~ 関東大震災  震災復興 ~ 第二次世界大戦
 戦後 ~ 高度経済成長期  コンテナ時代 ~ 現在

3.震災復興~第二次世界大戦

1924年~1945年
大正13年~昭和20年

震災復興( しんさいふっこう)は急いで進められ、昭和の初め頃にはほとんど元の姿にもどりました。同時に新しい工事も始められ、高島ふ頭(たかしまふとう)や山内ふ頭が1921年(大正10年)~1934年(昭和9年)にかけて建設されるなど、港の整備が続けられました。
このころ、鶴見・神奈川の現在の恵比須(えびす)(たから)大黒町(だいこくちょう)の工場用地の埋め立ても進み、また京浜工業地帯には、軍需産業(ぐんじゅさんぎょう)  が(さか)んとなり工場が増え続けました。

この後、さらに港を大きくする工事にもとりかかりましたが、まもなく太平洋戦争が始まって思うように進まなくなり、戦争の終わりごろには、空襲(くうしゅう)によってまたも、横浜港は大きな被害(ひがい)を受けました。

空襲を受ける横浜港の写真です
空襲を受ける横浜港(市史資料室所蔵資料)

「この時代の主な輸入品」

綿花の画像です
綿花(めんか)

石油を入れたドラム缶の画像です
石油(せきゆ)


「この時代の主な輸出品」

生糸の画像です
生糸(きいと)

絹織物の反物の画像です
絹織物(きぬおりもの)


前の時代へ 次の時代へ

このページへのお問合せ

港湾局政策調整部政策調整課

電話:045-671-7165

電話:045-671-7165

ファクス:045-671-7310

メールアドレス:kw-seisaku@city.yokohama.jp

前のページに戻る

ページID:168-726-634

先頭に戻る