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西谷浄水場

最終更新日 2019年2月27日

横浜の水が浄水場でろ過され、蛇口をひねれば出るようになったのは、今から114年前になります。
安政6年(1859)の開港をきっかけに人口が急激に増加し、慢性的な水不足に悩まされ、伝染病が発生したり、消火活動にも支障をきたすようになってしまいました。
明治16年(1883)、神奈川県がイギリス人パーマーに近代水道をつくるための調査を依頼し、明治20年(1887)10月に日本で初めての鉄管による水道が完成。
現在の津久井町から鶴ケ峰を通り、野毛山配水池まで太い水道管が引かれました。今でもそこは“水道道”と呼ばれています。
その後、浄水場や配水池などの8次にわたる拡張工事が行われ、大正4年(1915)に“西谷浄水場”ができました。落成を祝い、余興に相撲をするなど多くの人でにぎわったそうです。
当時、保土ケ谷町はまだ横浜市ではなく町営水道だったため、水道料金も横浜市内に比べて1.6~3倍近く割高でした。
日本の近代水道発祥の地、横浜。その水道の通り道だった保土ケ谷町と西谷村が横浜市の仲間入りをしたのは昭和2年(1927)のことです。

登録有形文化財の配水池配水井上屋


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