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御所台の井戸(政子の井戸)

最終更新日 2019年2月27日

征夷大将軍となった源頼朝が鎌倉に幕府を開くと、関東諸国の御家人が鎌倉に駆けつけるための道が作られました。
区内には、保土ケ谷税務署脇から横浜清風高校(旧明倫高校)方面へ向かう”かなざわかまくら道”があります。その途中の急な坂道(磐名いわな坂)を上ると、右側に四阿(あずまや)のあるひっそりとした一角があります。ここが政子の井戸とも呼ばれる「御所台(ごしょだい)の井戸」です。
政子とは、頼朝の妻で、頼朝の死後に実質的に将軍のしごとを行い”尼将軍”と呼ばれた北条政子のことです。
この井戸の水を政子が化粧に使ったという言い伝えがあり、この一帯が政子の所領する土地だったのではないかという説もあります。
江戸時代以降でも、天皇や将軍が保土ケ谷宿の軽部本陣に立ち寄ったときには、この井戸の水が料理に使われたそうです。
昭和の初めごろまで、このあたりには清水が流れていたそうで、「尼将軍政子の井戸はあふれいて(あした)涼しく蟹あそぶなり」という詩も残っています。

政子の井戸

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