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山手地区

最終更新日 2019年3月12日

旧外国人居留地として西洋館や緑地等が多く残されている山手の丘は、歴史的な景観を保全し、文化的環境を生かした個性的なまちづくりを進めるため、まちづくりの調整や建築指導を行っています。
公共事業では、「港の見える丘公園」「元町公園」等の再整備調整のほか、西洋館「エリスマン邸」(平成元年)、「ブラフ18番館」(平成5年)、「外交官の家」(平成9年)、「山手111番館」(平成10年)、「山手234番館」(平成10年)、「ベーリック・ホール」(平成14年)を保全し、公開しています。
建築指導では「山手地区景観風致保全要綱」により、地域の魅力の維持保全、眺望や景観の確保のため、建築物の形態や用途などのデザイン調整を強化しています。
また、地域の方々とともに山手のまちづくりの検討を行っており、平成10年には、山手地区のまちづくりの基本理念をまとめた「山手まちづくり憲章」の制定に協力しました。

◇山手地区景観風致保全要綱に基づく手続きについて(審査内容・必要書類)→<Pdf(PDF:354KB)

◆山手地区景観風致保全要綱 申請書→<Word(ワード:84KB)><Pdf(PDF:112KB)

◇山手地区景観風致保全要綱区域図

◇山手地区景観風致保全要綱<参考>

山手地区の概要

概要
ブラフと呼ばれた山手の地形

山手は、海から見ると切り立った崖の上にあることから、外国人には「THE BLUFF」と呼ばれてきました。土留めとして用いられたブラフ積擁壁は、地区の重要な景観要素となっています。
山手は、海抜10~40m程度の丘陵上に位置するため、周辺の市街地や港を展望することができます。

(PDF:311KB)

(PDF:4,233KB)


上の図はクリックするとダウンロードできます。
印刷してお使いください。
明治につくられたまちの構造山手のまちの構造は、丘陵の2本の尾根道を骨格として、これに交差する多くの坂道から構成されています。このまちの構造は、明治初期につくられたものです。
緑豊かな山手山手は、緑豊かな土地です。斜面林や公園の樹木、歩道沿いの生け垣、家々の庭木など多くの緑が存在しています。大きく枝を広げたヒマラヤ杉やシイの木などは、山手の景観を特徴づける重要な役割をもっています。
山手の特徴山手は、閑静な住宅地ですが、地区内には、明治期の開校を誇るミッションスクールなど、小学校から大学までが多数立地する文教地区という性格をもっています。
昭和初期に建築された歴史的建造物も数多く残されており、これらを活用した資料館や公園等の公共施設も集積しています。このため、地域にお住まいの方々だけでなく、観光客も数多く訪れる文化・レクリエーション地区でもあります。
山手の歴史

<山手居留地の誕生>
山手が開発されたのは1867年(慶応3年)に外国人に開放されて以来のこととされています。明治初期には道路が整備され公園が開園するなど、現在に引き継がれている街の骨格が出来上がりました。中期になると煉瓦造の本格的な西洋館が登場するなど山手の異国情緒は一段と高まりました。
<関東大震災>
関東大震災は山手に壊滅的な被害をもたらし、西洋館はほとんど倒壊してしまいました。このため、現在山手に残る古い西洋館は、大多数がこの時期に建築されたものです。
<昭和から平成へ>
第二次世界大戦による被害は震災に比べて少なく、むしろ戦後の住宅地開発が山手の景観に変化をもたらしました。昭和40年代に入るとマンション建設の波が山手にも押し寄せました。横浜市は、市民からの要望を受け、異国情緒あふれる景観の保全や眺望の確保を図るための制度として、「山手地区景観風致保全要綱」を制定し、建物の規模や形態・意匠などについて、建築計画等一件毎に事業者に対し協力を求めてきました。

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都市整備局都心再生部都心再生課

電話:045-671-2673

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ファクス:045-664-3551

メールアドレス:tb-tosai@city.yokohama.jp

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