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歩み

最終更新日 2019年3月26日

貯木場建設及び埋立の歴史

貯木場建設及び埋立の歴史
年月 出来事
1923(大正12)年1月 山手町地先(新山下運河沿い)埋立竣工(32.2ha)
1933(昭和8)年12月 新山下貯木場完成(保管堀9.8ha、筏だまり6.3ha)
1935(昭和10)年1月 新山下貯木場埋立竣工(25.9ha)

その後横浜港での原木輸入量は徐々に高まり昭和40年代前半にピークに達し活況を呈しましたが、製材輸入の増加による原木輸入の減少により昭和50年代後半にはほとんどなくなり、約半世紀にわたる貯木場としての歴史的役割を終える事になりました。

当時の閘門の写真
開業当時の保管堀と一対の閘門(水門)


貯木場建設及び埋立の歴史
年月 出来事
1936(昭和11)年7月 第12回オリンピック(1940年)の開催が東京に決定したのに伴い、新山下がヨット競技会場として計画される。(現在の本牧ふ頭A突堤基部)
1937(昭和12)年 工事着手。その後大会中止により工事中断したが、日本ヨット協会等の働きかけにより工事再開、1941(昭和16)年に完成。
1968(昭和43)年3月 本牧ふ頭建設のため全面廃止となる。

開業当時のパンフレット
開業当時のパンフレットより

新山下地区の街づくりの歩み
年月 出来事
1982(昭和57)年8月 港湾計画改訂:新山下地区の再開発計画で貯木場保管堀の半分を埋立て、残りを艀だまりとする計画(港湾審議会第99回計画部会)
1986(昭和61)年11月 新山下臨港地区再開発促進協議会発足(49社)
1987(昭和62)年11月 港湾計画改訂:新山下地区の再開発計画で物流、商業業務、レク用地計画、保管堀は全面埋立とする計画(港湾審議会第121回計画部会)
1989(平成元)年2月 新山下地区準工業地区再開発促進協議会発足(19社)
1989(平成元)年10月 横浜ベイブリッジ開通
1991(平成3)年 運輸省(現国土交通省)と横浜臨港地区再開発事業研究会を設置
1994(平成6)年11月

・貯木場保管堀埋立免許出願(約10ha)
・臨港地区、準工業地区両協議会とマスタープラン研究会設置

1995(平成7)年9月 埋立免許取得、工事着手
1997(平成9)年3月 港湾計画改訂:本牧ふ頭A突堤基部埋立計画(港湾審議会第162回計画部会)
1998(平成10)年7月 埋立竣工認可
1999(平成11)年8月 港湾計画軽易な変更:国道357号(本牧・大黒臨港道路)
2000(平成12)年12月 国道357号(本牧・大黒臨港道路)着工
2001(平成13)年10月 商業・業務ゾーン「新山下第一地区」地区計画、分区指定変更
2001(平成13)年11月 高速横浜羽田空港線本牧JCT改良計画都市計画決定
2004(平成16)年4月 国道357号(本牧・大黒臨港道路)開通
2004(平成16)年12月 高速横浜羽田空港線本牧JCT開通
2005(平成17)年4月 商業・業務ゾーン:新港湾病院(横浜市立みなと赤十字病院)開院
2006(平成18)年3月 物流ゾーン:貯木場埋立地約0.9haを公募により分譲
2007(平成19)年3月 物流ゾーン:貯木場埋立地約3.8haを公募により分譲

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港湾局山下ふ頭再開発調整室山下ふ頭再開発調整課

電話:045-671-7312

電話:045-671-7312

ファクス:045-550-4961

メールアドレス:kw-yamashita@city.yokohama.jp

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