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関連年表

最終更新日 2019年3月4日

●鎖国から開国への日々 嘉永7年、横浜村のできごと

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「開国」関連年表
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和暦
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内 容
18542.13嘉永71.16ペリー、旗艦汽走艦サスクエハナ号(Susquehanna)に乗じ、汽走艦ポーハタン号(Powhatan)・同ミシシッピ号(Mississippi)・帆走艦ヴァンダリア号(Vandalia)・同マセドニアン号(Macedonian)・特務艦レキシントン号(Lexington)の6艦を率いて、江戸湾に進み、小柴沖(American anchorage:アメリカ碇泊所)に到着し、先着の帆走艦サザンプトン号(Southampton)と合流。
18542.13嘉永71.16艦隊参謀長アダムス(Adams,Henry A.)、応接地点につき日本側と交渉。
18542.13嘉永71.16浦賀奉行の命により支配組与力近藤良次・佐々倉桐太郎、通詞を従え、浦賀回航につき参謀長アダムスと交渉。
18542.13嘉永71.16徳川幕府、江戸湾内海の警備を諸藩に命令。
18542.13嘉永71.16幕府、儒者林■(「光」偏に「韋」)(大学頭)・大目付井戸弘道(石見守)・町奉行井戸覚弘(対馬守)・目付鵜殿長鋭(民部少輔)・儒者松崎満太郎をアメリカ特使応接掛に任命。
18542.14嘉永71.17浦賀奉行支配組頭黒川嘉兵衛・徒目付平山謙二郎は支配組与力中島三郎助・佐々倉桐太郎・和蘭小通詞堀達之助・同小通詞並立石得十郎を従え、応接地点につき参謀長アダムスと交渉。
18542.14嘉永71.17海軍大尉モーリー(Moury,Matthew Fontaine)、江戸湾の測量を開始。
18542.15嘉永71.18黒川嘉兵衛、アダムスを訪い、艦隊の浦賀への移動を交渉、無効に終わる。ついで薪水食糧などの供給を申し出たが、アダムスこれを辞退。
18542.16嘉永71.19大目付井戸弘道をのぞくアメリカ特使応接掛、浦賀に到着。
18542.16嘉永71.19会談、不調に終わる。
18542.18嘉永71.21応接掛、両浦賀奉行と協議し、黒川嘉兵衛らを遣わして、応接掛の浦賀到着を通告するとともに、浦賀を交渉地とすることを全権の名をもって提議。ペリー、アダムスを介して拒否。
18542.18嘉永71.21ペリー(Perry,Matthew Calbraith)、旗艦をサスクエハナ号(Susquehanna)からポーハタン号に移す。
18542.21嘉永71.24相撲年寄惣代追手風喜太郎、玉垣額之助、ペリー饗応の力士を人選。
18542.22嘉永71.25アメリカ特使応接掛伊沢政義(美作守・浦賀奉行)・鵜殿長鋭・松崎満太郎ら、アダムスと浦賀屋形仮館に於いて会見、応接地について協議。
18542.22嘉永71.25小柴沖碇泊のアメリカ軍艦7隻よりワシントン記念日の祝砲各艦16,7発ずつ計100発以上発射。
18542.23嘉永71.26香山栄左衛門、応接地点につきペリー側と会見。
18542.24嘉永71.27林■(「光」偏に「韋」)、井戸覚弘、通商条約の締結を上申。
18542.25嘉永71.28アダムス(Adams,Henry A.)ならびにビュカナン(Buchanan,Franklin)海軍中佐、横浜村に上陸、応接地を視察。外国人横浜上陸のはじめ。
18542.25嘉永71.28ペリーPerry,Matthew Calbraith、横浜での応接を了承。
18542.25嘉永71.28横浜応接所Treaty House建設地の決定。
18542.26嘉永71.29合原義直(操蔵、猪三郎)、横浜応接所建設資材を輸送。
18542.27嘉永72.1小倉藩主小笠原忠徴(左京大夫)、松代藩主真田幸教(信濃守)、横浜応接所の警衛を命ぜられる。
18542.27嘉永72.1香山栄左衛門、米国艦隊の横浜沖後退交渉に成功。
18542.27嘉永72.1勘定奉行松平近直(河内守)、海防掛江川英竜(太郎左衛門)、ペリーとの交渉につき応接掛と会談。
18543.2嘉永72.4老中阿部正弘、松平忠優、ペリーとの交渉につき応接掛と会見。
18543.4嘉永72.6アダムスAdams,Henry A.、日米会談開始につき黒川嘉兵衛と会談。
18543.4嘉永72.6徳川幕府、対米譲歩案を応接掛に秘密訓令。
18543.5嘉永72.7横浜応接所Treaty House、完成。
18543.8嘉永72.10アメリカ特使応接掛(林■(「光」偏に「韋」)、井戸覚弘、伊沢政義、鵜殿長鋭、松崎満太郎)、ペリーと第1回日米会談。
18543.8嘉永72.10森山栄之助 (多吉郎)、第1回日米会談を通訳。
18543.8嘉永72.10ペリーPerry,Matthew Calbraith、応接掛より日本皇帝宛国書の回答を得る。
18543.8嘉永72.10ペリーPerry,Matthew Calbraith、通商問題につき応接掛林と意見対立。
18543.8嘉永72.10林■(「光」偏に「韋」)、ペリーより米清修好条約写本を手交される。
18543.8嘉永72.10ペリーPerry,Matthew Calbraith、日米友好を説く覚書を林全権に手交。
18543.8嘉永72.10ペリー、日米修好通商条約草案を提出。
18543.9嘉永72.11与力黒川嘉兵衛、合原義直(操蔵、猪三郎)、徒目付中台信太郎、ペリー配下水兵の横浜村埋葬を案内。
18543.9嘉永72.11宣教師ジョーンズ Jones、ペリー配下病没水兵を増徳院に埋葬。
18543.9嘉永72.11ウィリアムズWilliams,Robert、横浜村の増徳院地内に埋葬。
18543.10嘉永72.12松平慶永、通商拒絶論を老中阿部政弘に説く。
18543.13嘉永72.15ペリーPerry,Matthew Calbraith、マセドニアン艦長アボットAbbot,Joel・艦隊参謀長アダムスなどをして、米国政府の贈呈品を日本側に手交させた。
18543.13嘉永72.15林■(「光」偏に「韋」)、米国政府の贈呈品・同目録を受領
18543.14嘉永72.16ビッチンガーBittinger,E.C.、日米間内約に反し侵入事件を起す。
18543.14嘉永72.16黒川嘉兵衛、徒目付平山謙二郎、ペリー配下の内地侵入者の差戻に立会う。
18543.15嘉永72.17アメリカ特使応接掛、日本側条約案をペリーに伝達。
18543.17嘉永72.19アメリカ特使応接掛、ペリーと第2回日米会談。
18543.17嘉永72.19勘定奉行石河政平(土佐守)、松平近直(河内守)、ペリーと応接掛の会談の報告を受ける。
18543.17嘉永72.19ペリーPerry,Matthew Calbraith、神奈川・下田・松前開港を要求。
18543.17嘉永72.19浦賀奉行支配組頭黒川嘉兵衛以下堀達之助ら、下田港調査のため、派遣される。
18543.19嘉永72.21林■(「光」偏に「韋」)、井戸覚弘、ペリーとの第2回会談を幕閣に報告。
18543.20嘉永72.22高松藩主松平頼胤(讃岐守)、伊予松山藩主久松勝善(隠岐守)、彦根藩主井伊直弼(掃部頭)、会津藩主松平容保(肥後守)、忍藩主松平忠国(下総守)、佐倉藩主堀田正睦(備中守)、下田・箱館開港につき老中らと会議。
18543.23嘉永72.25森山栄之助 (多吉郎)、ペリーに箱館開港を伝達。
18543.24嘉永72.26林■(「光」偏に「韋」)、第3回日米会談で答礼品を贈呈。
18543.24嘉永72.26ペリーPerry,Matthew Calbraith、応接掛と第3回日米会談。
18543.24嘉永72.26森山栄之助 (多吉郎)、第3回日米会談を通訳。
18543.24嘉永72.26ペリーPerry,Matthew Calbraith、日本側の答礼品を応接掛より受領。
18543.24嘉永72.26アダムスAdams,Henry A.、米国政府の贈呈品を応接掛に手交。
18543.24嘉永72.26ペリーPerry,Matthew Calbraith、駐中国公使のため軍艦を派遣。
18543.25嘉永72.27徳川幕府、江戸湾内海の警備を緩和。
18543.25嘉永72.27鳥取藩主池田慶徳、本牧の警衛を命ぜられる。
18543.25嘉永72.27明石藩主松平慶憲、神奈川の警衛を命ぜられる。
18543.25嘉永72.27姫路藩主酒井忠顕(雅楽頭)、江戸湾警備を解任される。
18543.25嘉永72.27徳島藩主蜂須賀斉裕(阿波守)、江戸湾警備を解任される。
18543.25嘉永72.27松山藩主久松勝善(隠岐守)、江戸湾警備を解任される。
18543.25嘉永72.27加賀藩主前田斉泰(加賀守)、江戸湾警備を解任される。
18543.25嘉永72.27福井藩主松平慶永(越前守)、江戸湾警備を解任される。
18543.25嘉永72.27津山藩主松平斉民(越後守)、江戸湾警備を解任される。
18543.25嘉永72.27桑名藩主松平定猷(越中守)、江戸湾警備を解任される。
18543.25嘉永72.27平山謙二郎、森山栄之助 (多吉郎)、応接掛の命でペリーと非公式に会談。
18543.25嘉永72.27ペリーPerry,Matthew Calbraith、条約文につき応接掛配下と非公式会談。
18543.28嘉永72.30林■(「光」偏に「韋」)、ペリーと第4回日米会談。
18543.29嘉永73.1平山謙二郎、森山栄之助 (多吉郎)、山本文之助、合原義直(操蔵、猪三郎)、下田遊歩区域につきペリーと協議。
18543.30嘉永73.2平山謙二郎、森山栄之助 (多吉郎)、条約文案・手続につきペリーと協議。
18543.31嘉永73.3林■(「光」偏に「韋」)、井戸覚弘、伊沢政義、鵜殿長鋭、日米和親条約に調印。
18543.31嘉永73.3ペリーPerry,Matthew Calbraith、日米和親条約に調印。
18543.31嘉永73.3ペリーPerry,Matthew Calbraith、横浜応接所での談判を終える。
18544.6嘉永73.9ペリーPerry,Matthew Calbraith、横浜村周辺の民情を視察。
18544.10嘉永73.13平山謙二郎、合原義直(操蔵、猪三郎)、森山栄之助 (多吉郎)、江戸接近中止をペリーに懇請。
18544.16嘉永73.19ペリーPerry,Matthew Calbraith、小柴沖・夏島付近の海岸を逍遙調査(~20日)。
18544.18嘉永73.21ペリーPerry,Matthew Calbraith、小柴沖を出航して江戸湾を離れ、午後下田に到着。
(参考文献:『横浜市史』第二巻)

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