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最終更新日 2022年5月11日
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横浜市の学童疎開
解説
昭和19(1944)年当時、学童疎開の該当学年は、国民学校の初等科6年(現在の小学校6年)から3年までの3学年。翌昭和20年の新学期で新3年生がその対象になっている。
最初の学童疎開が行われた昭和19年の夏の記録(同年7月25日・朝日新聞)では、横浜市立の国民学校、全体111校のうち71校が疎開した。
該当児童総数 67,664(単位・人)
縁故疎開 34,896(約52%)
集団疎開 25,353(約37%)
疎開残留 7,415(約11%)
また、横浜市の集団疎開は、文部省の方針とは異なり学童すべてを神奈川県内に疎開させるという方針を取った。
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