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鶴見の自然環境と景観

最終更新日 2019年1月24日

※掲載内容は平成11年3月に発行した冊子『つるみ このまち このひと』から一部を抜粋して紹介しています。この冊子は区民の方々による「つるみ このまち このひと」編集委員会が編集し、「いいまち鶴見運動推進委員会」が発行しました。
したがって、内容が現在と異なる場合がございますのでご了承ください。

獅子ケ谷市民の森とせせらぎの小径
<写真は獅子ケ谷市民の森とせせらぎの小径>

鶴見区は横浜市の北東部に位置し,北と東が川崎市,西が神奈川区,北西が港北区に隣接している。

区内には,横浜市内唯一の一級河川鶴見川が,北から南に蛇行しながら流れ,東京湾に注いでいる。地形的には北西部の丘陵地,鶴見川流域の低地,臨海部の埋立地の3地域に分けられる。

このように鶴見は“山あり,海あり,川もある”変化に富んだ地形で,気候も一般に温暖であり,自然環境や景観にたいへん恵まれている。


鶴見駅からJR線に乗り,横浜方面へ向かう途中右側を眺めると,目の前に台地が広がっている。この台地は高さ40~50mあり,北西部の獅子ケ谷市民の森まで続いている。

区内の高台に登り,周囲を見渡すと,台地はたいへん起伏に富み,小さな谷戸がいくつも尾根に向かって入り込んでいることがわかる。

昭和の中ごろまで,谷戸は水田,丘陵地は森林や畑の農村地帯であったが,今では一部を除いて宅地として開発され,坂の多い住宅地となっている。

北部の獅子ケ谷市民の森や県立三ツ池公園,西部の東寺尾ふれあい樹林,南部にある総持寺などは,今も緑におおわれ,区民の憩いの場となっている。

今から6000年ほど前,台地を除くこの辺り一帯は海におおわれていた(古多摩湾)。そのため,海底には砂や泥が堆積し,その後海退によって陸化すると,平坦な土地となった。この一帯を多摩川と鶴見川が流れ,川崎市の鹿島田付近より下流に三角州平野をつくった。

この低地を南北に鶴見溝ノ口線と呼ばれる広い幹線道路が通っており,道路をはさんで事務所・商店・住宅が立ち並び,丘陵地帯とは異なる景観を示している。

鉄道と湾曲した鶴見川にはさまれた一帯は,国道15号が通り,国道周辺には,区役所・警察署をはじめ,多くの高層ビルが立ち並び,区内最大のビジネス街となっている。

鶴見駅東口の通勤風
<写真は鶴見駅東口の通勤風景>

明治15年(1882)に作成された地図を見ると,現在の臨海工業地帯のほとんどが海であったことがわかる。大正時代になると工業地帯造成のため,大規模な埋立工事が始まった。

この埋立事業は,大正・昭和・平成にわたって行われ,埋立地の面積は,鶴見区の総面積の約3分の1も占めている。現在の安善町1・2丁目,末広町1・2丁目,大黒町,大黒ふ頭がこれにあたり,埋立地は大部分が工場やふ頭,流通関係の倉庫群となっている。

しかし,近年は「ふれーゆ」や「海づり公園」などの市民利用施設ができて,緑化も進められ,鶴見の新しい顔となってきた。


大洪水に見舞われた鶴見
<写真は大洪水に見舞われた鶴見(京急の鶴見川鉄橋付近)>

鶴見川は,多摩丘陵の山中を源流とする全長42.5kmの川である。川は曲がりくねって流れ,そのうえ傾斜が緩やかなため,大雨が降るたびに,下流では洪水を繰り返してきたので,昔から「暴れ川」と呼ばれていた。

流域の人々は,江戸時代から生活や命をおびやかされてきた。洪水のたびに家や田畑が冠水し,橋や堤防も流された。命と暮らしを守るため,村人たちが力を合わせて堤防を築けば,それは対岸や上流の村々との対立の原因となった。

時代が進んで,昭和33年9月にも大洪水に見舞われた。神奈川新聞によると「狩野川台風は鶴見川を氾濫させ,アッという間に田畑冠水,沿岸民家は屋根まで没する。駒岡・末吉.佃野・市場下町・菅沢・栄町通りが最もひどく,床上浸水2,700戸,このうち家のひさしまで没したのが数百戸」とある。

このように,鶴見川は水害と治水工事,流域では村民の抗争の繰り返しであった。


暴れ川といわれる反面,川は豊かな恵みをもたらしてきた。川の流れが緩やかなため,大正時代の末ごろまでは舟運が盛んで,川筋はかなりにぎわったといわれる。

末吉・矢向辺りには赤レンガの製造工場があり,当時は建築材料としてかなりの需要があったため,重いレンガを舟で運んだ。また農村地帯には糞尿が肥料船で運ばれたり,木材の運搬も行われ,下流には製材工場が建設されて,たいへん活況を呈した。

この当時の鶴見川は,今と違って水もきれいで,昭和のはじめごろまでは,子どもたちの格好の水遊び場であった。

新聞の発表によると,鶴見川は汚れの目立つ川のワーストランクの一つになっている。流域の都市化に伴い,工場や生活排水がその原因といわれる。

この鶴見川をなんとか親しみのある川に,という動きがだいぶ前から起きている。その一つが昭和63年8月から始まった「鶴見川いかだフェスティバル」である。今では当日の夜に鶴見区民花火大会も行われ,数万人の人々でにぎわっている。

鶴見川でボートを楽しむ人々

また,「鶴見川を楽しくする会」や「鶴見川を再発見する会」など,川に親しみ,環境保全に取り組む人々や,堤防沿いにサクラの木を植えるなど,鶴見川に関心を深める人々が増えている。

鶴見川は四季を通じて,私たち区民のやすらぎの場である。少しでもこの川をきれいにし,区民の憩いの空間として利用されるようになってほしいものである。


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電話:045-510-1680

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