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金沢木材港の歴史

横浜ベイサイドマリーナ地区~金沢木材港の歴史について

最終更新日 2019年3月6日

<生い立ち>

日本全体が高度経済成長に沸いていた昭和30年代、横浜港の輸出入量も急激に増加し、港湾施設の整備・拡充が急務となっていた状況の中、山下ふ頭の建設が進められ、隣接する新山下町貯木場のいかだ溜まりが大幅に減少することになりました。そのため、木材倉庫業界関係者から、代替貯木場の新設を求める請願書が横浜市長に提出され、請願を受けた横浜市は、昭和37年に調査研究会を発足させ、翌38年には金沢地区が貯木場の建設に最も適した場所であるとの答申を得ました。
さらに、昭和40年代に入り外材輸入量がより一層増加し、2万6千トンの貯木能力を持つ新山下貯木場も手狭となったことなどから、金沢地区に総合的視野に立った新しい木材港を建設することになりました。

<建設工事>

金沢木材港の建設工事は昭和45年に着手し、岸壁は物資別専用ふ頭としての国の直轄事業を横浜市が受託して施工し、防波堤、整理水面等は補助事業として横浜市が施工しました。昭和49年の岸壁及び荷さばき地の完成に伴い、供用を開始するとともに並行して海洋性廃棄物焼却場等の整備を進め、昭和55年には全ての施設が整い建設工事が完了しました。

<活躍のとき>

金沢木材港は、昭和49年の供用開始以降年間約15万トンもの原木を取り扱い、東南アジア・北米・ロシアなどから輸入した多くの木材で賑わいました。
しかし、その後原木を輸入していた時代から、原産国で製材した木材を輸入する時代へと変化し、金沢木材港の取り扱い量も徐々に減少していくこととなりました。

旧木材港の写真
(昭和50年代前半頃の金沢木材港の様子)

<新たな時代の金沢木材港>

その後のコンテナ化への流れや、内需停滞による木材輸入そのものの減少なども加わり、金沢木材港も変化を余儀なくされました。岸壁は自動車専用船や建材など多目的に利用される一方で、貯木水面・整理水面についてはほとんど利用されなくなり遊休化することになりました。

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