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- Yokohama's Memory6・7 描かれた東海道《神奈川・保土ヶ谷・戸塚》
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最終更新日 2024年2月15日
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Yokohama's Memory6・7 描かれた東海道《神奈川・保土ヶ谷・戸塚》
Yokohama's Memory6・7
【描かれた東海道《神奈川・保土ヶ谷・戸塚》】
徳川家康は1601年(慶長6)に、公用の書札、荷物の逓送のため東海道に宿を置き、伝馬制度を設定しました。各街道の伝馬所、助郷は1872年(明治5)に廃止され、民間の陸運会社に受け継がれます。
東海道は、広重の「東海道五十三次」に代表される浮世絵のほか、十返舎一九『東海道中膝栗毛』や幕末の仮名垣魯文『滑稽冨士詣』などの滑稽本、さらには、名所図会などの地誌、紀行文などに数多く描かれています。
横浜に関係する資料として、江戸後期に書かれた庶民のための観光案内、平亭銀鶏著『江の嶋まうで浜のさヾ波』より、《神奈川》の部分を紹介します。
神奈川 金川より程がやへ一里九町
此宿にハ羽根沢、旅亀、大黒屋などいへるいときらびやかなる旅籠屋あり、其外、酒肴をあきなへる家もかずかずあり、殊に船着なれバ、旅舎の商家もおほくして、繁昌の地也、宿はづれを、神奈川の台といふ、風景眺望他にこえたり、此処にハ、江戸前の茶屋三四軒ありて、料理もいと美味也、右のかたに富士権現の山あり、森下を芝生といふ、鳥居の左に人穴あり、「吾妻鏡」にいでたる仁田四郎がいりし所にハあらず、○軽沢○追分大山へゆく道あり○帷子(又ハ片平ともかくよし)此処も駅なりしが、程が谷と相ならぶゆゑ、慶長二年に帷子、新町、程が谷を合して一宿とす
《参考文献》
- 横浜市中央図書館開館記念誌編集委員会編『横浜の本と文化』(横浜市中央図書館,1994年3月)
- 神奈川東海道ルネッサンス推進協議会編『神奈川の東海道』(上・下)(神奈川新聞社,1999年3月・2000年7月)
- 丹波恒夫『浮世絵 江戸から箱根まで』(朝日新聞社,1963年3月)
- 神奈川県図書館協会郷土資料編集委員会編『神奈川県郷土資料集成』 第7輯 紀行篇(続)(神奈川県図書館協会,1972年3月)[『江の嶋まうで浜のさヾ波』翻刻収録]
神奈川
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広重(初代) |
浮世絵 | 浮世絵 |
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立祥(二代広重) | 国周・広重 【東海道一ト眼千両 神奈川 浦島太郎】 慶応3年2月 拡大図へ(116KB) |
浮世絵 | 浮世絵 |
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前芳盛光斎写生 | 広重(三代) |
保土ケ谷
浮世絵 |
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広重(初代) 【東海道五十三次之内 程ケ谷 新町入口】 拡大図へ(84KB) |
浮世絵 | 浮世絵 |
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立祥(二代広重) 【東海道五拾三駅 五 程ケ谷 かたびら橋】 拡大図へ(60KB) | 国周・広重 【東海道一ト眼千両 程ケ谷 飴売千太郎】 慶応3年2月 拡大図へ(96KB) |
浮世絵 | 浮世絵 |
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芳虎 【書画五拾三駅 武蔵 程ケ谷 境木立場】 明治5年10月 拡大図へ(112KB) | 広重(三代) 【東海名所改正道中記 六 境木の立場 程ケ谷 戸塚迄二リ九丁】 明治8年8月 拡大図へ(124KB) |
戸塚
浮世絵 |
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広重(初代) 【東海道五拾三次之内 戸塚 元町別道】 拡大図へ(88KB) |
浮世絵 | 浮世絵 |
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立祥(二代広重) | 国周・広重 【東海道一ト眼千両 戸塚 早野勘平】 慶応3年3月 拡大図へ(80KB) |
浮世絵 | 浮世絵 |
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芳虎 | 広重(三代) 戸塚 山道より不二之眺望】 |
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