よこはま彩発見
2025年11月号

海、港、緑、歴史、地域、人々、さまざまな魅力を持つ都市横浜。この街の彩りを「よこはま彩発見」としてお届けします。今回は、西区にある日本丸メモリアルパーク(帆船日本丸・横浜みなと博物館)からです。
広報よこはま2025年11月号に紙面掲載した「よこはま彩発見」の内容は、「よこはま彩発見」紙面連載バックナンバー(2025年分)をご覧ください。

船齢95歳の帆船日本丸

公益財団法人帆船日本丸記念財団
 学芸課長補佐 島宗美知子

帆船日本丸

みなとみらい21地区の中心で、今は静かに都市の発展を見つめる帆船日本丸。しかしそのおだやかな様子からは想像できないほど、様々な歴史を背負っています。


進水する日本丸 1930(昭和5)年1月27日

■帆船日本丸の誕生

⽇本の商船教育は明治期に始まりました。全国各地に設立された公立の商船学校の多くは専属の練習帆船を持っておらず、小型の木造帆船で航海訓練を行っていたため海難事故が絶えませんでした。そこで、大型の練習帆船として⽇本丸が建造されることになったのです。1930(昭和5)年に株式会社川崎造船所(神⼾)で建造された⽇本丸は、東京に移動して短期航海を行った後、船員を目指す若者を乗せて、品川から横浜を経由し南洋諸島ポナペ港への第一次遠洋航海に出航しました。


横浜港から遠洋航海に出帆する日本丸

帆船は風の力を利用して帆を操作しながら航行する船です。戦前の日本丸は北太平洋の西風が弱まる春から夏にかけてアメリカ西海岸やハワイ方向へ向かい、冬には季節をさかのぼるように暖かい南洋諸島を航海しました。また、横浜にもたびたび寄港し、多くの人々にその姿を見せてきました。


航海訓練(展帆)の様子

航海訓練では、海の上で帆を広げたり、畳んだりする展帆訓練や、手旗を使い遠くにいる相手(船舶等)に通信を行う手旗訓練など、さまざまな訓練が行われていました。

■太平洋戦争中の帆船日本丸

1941(昭和16)年12月に太平洋戦争が始まり、外洋での訓練が危険になったため東京湾での航海訓練を実施しました。しかし東京湾は狭く十分な訓練ができないことから、より広い海域である瀬戸内海へ移動することになりました。
帆と帆桁(ヤード)を取り外して汽船となった日本丸は、終戦までの間、石炭などの戦時緊急物資を輸送するとともに、生徒を乗船させて瀬戸内海を幾度も行き来し、航海訓練を続けました。


戦後占領期の日本丸の姿(帆と帆桁(ヤード)が外された状態)

■戦後の帆船日本丸の活躍

戦後、⽇本丸の船体には、「N054」というSCAJAP(スカジャップ)番号が標示されました。これは、連合国総司令部の管理下に置かれた⽇本の総トン数100t 以上の鋼船に個別に標示が義務付けられた、4 桁の英数字の登録番号です。船の側面に標示され、運航許可を得るために使われました。
⽇本丸は神⼾で終戦を迎えた後、上海やシンガポールなど各地を巡り、2 万5 千人以上の引揚者の輸送や遺骨収集、慰霊碑の建立にも携わりました。


船上での実習生たちの記念写真(1954(昭和29)年)

■帆船日本丸の復活

日本丸の運航を担っていた航海訓練所をはじめとして、国は「帆船での実習が必要である」との考えから、再び帆と帆桁(ヤード)を取り付けるために関係機関と話し合いを重ねました。
そして1952(昭和27)年に帆装を復旧し、翌年6月には練習帆船として戦後初めてとなる12 年ぶりの遠洋航海へと旅立ったのです。


航海訓練(天測)の様子(1968(昭和43)年)

その後も航海訓練を続け、1984(昭和59)年に引退しました。建造時から引退までの約54年間で、地球を45.5周する距離(延べ183万㎞)を航海し、約11,500名もの船舶職員を育成しました。


重要文化財指定書

■現在の帆船日本丸

引退した日本丸は、1985(昭和60)年から現在の場所で係留保存されています。2017(平成29)年には、長年の船員養成など日本の海運業の発展に大きく貢献してきたこと等が評価され、国の重要文化財に指定されました。
そして現在も、全ての帆を広げる総帆展帆や手旗訓練、甲板磨きといったかつての日本丸の実習生と同様の訓練や生活を体験する海洋教室を実施するなど、「生きた船」として海、船、港の魅力を伝える活動を続けています。
また、日本丸は国内外を問わず多くの観光客が訪れるみなとみらい21地区に位置しており、SNSを活用した積極的な情報発信や、隣接する横浜みなと博物館との連携イベントの実施などにより、令和6年度は約95,000人の方が訪れました。


総帆展帆の様子

■帆船日本丸が帆を広げます!~総帆展そうはんてんぱん

その優雅な姿から「太平洋の白鳥」と呼ばれた日本丸。
全ての帆を広げ、かつての美しい姿をよみがえらせる総帆展帆は、日本丸の代表的なイベントです。
11月16日(日)には、令和7年度最後の総帆展帆が行われる予定です。日本丸の美しさと迫力を、ぜひ間近で体感してください。


横浜みなと博物館ロビーでのパネル展の様子

■パネル展「帆船日本丸 日本語記載の航海日誌」と航海日誌のデータ等の公開について

通常は英文筆記体で書かれる帆船日本丸の航海日誌ですが、1942(昭和17)年8月から1945(昭和20)年9月までは日本語で記されました。このなかには空襲警報や灯火管制、戦時緊急物資輸送(石炭輸送)の様子、対潜水艦訓練、被災した他船への救助活動など、当時の緊迫した様子が詳細に記録されています。一方、本来の活動である航海訓練や船内での生活の様子なども記されており、戦時中でも船員教育の灯を絶やさなかった⽇本丸の姿が浮かび上がります。
日本丸に隣接する横浜みなと博物館では、日本語で記載された航海日誌のデータと冊子が閲覧できるようになりました。太平洋戦争中の⽇本丸のさまざまな活動を知っていただくとともに、戦争と船、そして船員について知り、考えるきっかけとしていただければと思います。

<パネル展>
【場所】横浜みなと博物館ロビー(※パネル展の観覧は無料です。)
【開催期間】11月16日(日)まで

<データ公開>
【場所】横浜みなと博物館ライブラリー
(※入室の際は、横浜みなと博物館常設展示室の入館券またはライブラリーのみの利用料(1人1日100円)が必要です。)
(※航海日誌のデータと冊子の閲覧は有料です。公式ウェブサイトより利用料金等をご確認の上、ご利用ください。)

≫日本丸メモリアルパーク 公式ウェブサイト

問合せ

日本丸メモリアルパーク(帆船日本丸・横浜みなと博物館)
TEL 045-221-0280
FAX 045-221-0277

読者プレゼント

【2025年11月30日(日)締切】※応募受付は終了し、当選者へ12月4日(木)に賞品を発送しました。ご応募ありがとうございました。

いつも「広報よこはま よこはま彩発見」をご覧いただき、ありがとうございます。感想をお寄せいただいた方の中から抽選で、帆船日本丸のマグネット(非売品)を10名様にプレゼントします。

ご希望の方は、次の6項目※を明記し、郵便はがき(〒231-0005 横浜市中区本町6-50-10 横浜市役所政策経営局広報・プロモーション戦略課 あて)または電子メール(ss-saihakken@city.yokohama.lg.jp)でご応募ください。締切は2025年11月30日(日)必着です。

※①郵便番号、②住所、③氏名、④感想、⑤読んでみたい記事、⑥「11月号プレゼント希望」

なお、当選者の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。いただいた個人情報は、賞品の発送以外の目的には使用しません。

読者プレゼントの問合せ先

横浜市役所 政策経営局広報・プロモーション戦略課
TEL 045-671-2332
FAX 045-661-2351

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