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西区の町名とそのあゆみ~は行の町名~

最終更新日 2019年1月28日

花咲町(はなさきちょう)

明治22年の市町村制施行の際、横浜市に編入した町。昭和19年4月1日の西区新設にともない、中区花咲町から編入。元治元年(1864)に戸部村海岸を埋め立てて石炭倉庫を建てた所で、明治3年から5年の間に倉庫は取り壊された。町名は町の前を流れていた桜木川(後の桜川)と桜木町にちなんで佳名を採った。昭和19年4月1日に中区から西区が分かれた際、花咲町四丁目から七丁目の字区域を西区に、花咲町一丁目から三丁目の字区域を中区に属することにした。赤門町・桜木町とともに両区にまたがる町である。北東側を市営地下鉄、桜川新道が通る。(明治22年4月1日設置)

浜松町(はままつちょう)

昭和3年の町界町名地番整理事業の施行にともない、西戸部町字塩田および久保町字塩田の一部から新設した町。昭和19年4月1日の西区新設にともない、中区から編入。昭和41年5月1日に住居表示を施行。塩田があった頃に生えていた「磯馴松(いそなれまつ)」、すなわち「浜松」に由来して町名を付けた。北西側を東海道本線、横須賀線、相鉄本線が通り。また、北東側には東海道(国道1号)、八王子街道(国道16号)、藤棚浦舟通りが交差した浜松町交差点がある。(明治3年9月1日設置、昭和41年5月1日住居表示)

東久保町(ひがしくぼちょう)

昭和10年の町界町名地番整理事業の施行にともない、久保町字池上、林越、東台、外荒具の一部から新設した町、昭和19年4月1日の西区新設にともない、中区から編入。古くは保土ケ谷宿の内で、明治34年に橘樹郡保土ケ谷町大字岩間の一部を横浜市に編入し、久保町となる。昭和52年8月1日に住居表示を施行。町名は当時の久保町の東にあたることから東久保町と名付けた。(昭和10年7月1日設置、昭和52年8月1日住居表示)

平沼一丁目・二丁目(ひらぬまいっちょうめ・にちょうめ)

昭和41年の住居表示施行にともない、平沼町他から新設した町。天保10年(1839)の頃に常陸鹿島神宮の神官だったという五代目平沼九兵衛(生没年未詳)、長男の六代目平沼九兵衛(?-1907)、七代目平沼九兵衛が沼地を埋め立て平沼新田と名付けた。明治6年1月に平沼新田のうちで町並みの整った所に、平沼町を新設した。明治34年に横浜市に編入し、明治3年9月1日の町界町名地番整理事業の施行にともない、町界を東海道鉄道線路と石崎川の間とし、青木町字内海の一部、材木町と仲町の全部、西平沼町・尾張屋町の各一部を編入した。町名は埋立者の姓「平沼」を採った。南東側を石崎川が流れ、石崎川プロムナードが整備されている。北西側を東海道本線、横須賀線、相鉄本線が通り、平沼橋駅がある。一丁目で新横浜通りと新横浜駅通りと横浜駅根岸道路で交差している。平沼九兵衛が平沼新田の鎮守として創建した平沼神社がある。(昭和41年5月1日設置、住居表示)

藤棚町(ふじだなちょう)

昭和3年の町界町名地番整理事業の施行にともない、西戸部町字横枕、西ノ原、稲荷台、塩田および久保町字塩田の一部から新設した町。昭和19年4月1日の西区新設にともない、中区から編入。町名は市電停留脇にあった鈴木屋という茶屋の軒先にあった藤棚に由来する。町に一丁目と二丁目の字区域がある。中央を藤棚浦舟通りが通る。(昭和3年9月1日設置)

出典:横浜市市民局「横浜の町名」平成8年

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