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西区制70周年記念 西区大好き!魅力再発見 -西区の温故知新-温故知新 pick up!

最終更新日 2019年1月28日

温故知新 pick up!

みつびしどっく踏切

戸部方面からみなとみらい21地区方面へ歩くと、「壁」にぶつかります。これは、高島町交差点から続く東急東横線高架跡。ここに「みつびしどっく踏切」と書かれた看板のある小さな踏切があります。かつて横浜造船所への入口となっていた旧三菱正門跡です。今では、西区の旧市街と新市街とをつなぐ道となっています。この踏切を通って、新旧市街を横断し、過去へ未来へタイムスリップしてみましょう。


横浜ランドマークタワー

掃部山に登れば新しい街が見える

掃部山は200本近くの桜の木があり、西区でも屈指の桜の名所。ほのかなピンク色の花びらの向こうに、空にそびえる横浜ランドマークタワーが見える。その昔は、ここからドックのクレーンが目に映ったかも。そんなことを想像しながら、みなとみらい方面へと歩を進めよう。
掃部山公園の紹介を見る


岩亀横丁は造船所の門前町

掃部山を下ると、そこは岩亀横丁。かつて造船所があった頃は、ここを通って三菱正門へと向かう人が多かった。
岩亀横丁の紹介を見る

ウォールアートが街を彩っていた

そこは「壁」というより、ストリート・ギャラリーだった。1km以上にわたって絵が描かれていた東急東横線跡地の高架下の通路。1950年代に若者が夜中に落書きをしたのが、ことの起こり。絵の中にはウォールペイントの創始者・ロコサトシの作品も。2007年には横浜市の呼びかけで「桜木町ON THE WALL」として数多くのウォールアートが誕生。2009年にすべて撤去され、旧線路敷は遊歩道としての再利用が計画されている。

桜木町ON THE WALL


異なる表情の街をつなぐ結節点

旧三菱正門跡には、新旧市街の結節点ともいえる踏切がある。ここを越えると、みなとみらい21地区。かつて、三菱重工業(株)のドックや大型船が見えていた場所。今では大型ショッピングモールやオフィスビルが建ち並ぶ新しい街の風景が視界に飛び込んでくる。

昭和56(1981)年三菱重工業(株)のドック


みらいを見すえるパブリックアート

みなとみらい21地区を歩いていると、多数のアート作品が目に飛び込んでくる。彫刻や絵画、さらに一見アートとは気づかないようなオブジェまで。公園や商業施設、歩道の脇やビルの入口にも、バラエティー豊かなパブリックアートがあちこちに。ここは、アートのあるまちづくりが計画的に進められてきた街。

右:日石横浜ビル前「天泉」安田侃、左:横浜銀行本店ビル前「水面の鳥」 高田洋一


横浜ランドマークタワーからの西区エリア

市街を見晴らせばつながる新旧の街

横浜ランドマークタワーから西区エリアを見晴らせば、昔からの街並みと新しく発展してきた街並みが、つながっている。人も空間もつながることで、街はもっと魅力的になる。


西区には横浜道や保土ケ谷道など横浜開港時の主要な道が通っています。人や物の流れるところに商いが生まれ、道沿いに商店が軒を並べていきました。さらに産業や鉄道の発達で働く人が増え、人口も増加し商店街が繁栄します。そして時代の移り変わりとともに人の流れや、商店街のかたちも変化しました。古くから地域に愛されてきた商店街から、新しい商業施設など、それぞれの持ち味を活かした新旧市街を彩る商店街を見てみましょう。

西区の商店街のはじまり 久保町~西前町

江戸末期、横浜港の開港で保土ケ谷道沿いの往来が増えた。これがのちに約1kmのショッピングストリートを形成する久保町から西前町まで続く商店街となった。大正2(1913)年の市電の開通により久保町、藤棚、西前町の通りに商店ができはじめ、藤棚の停留場を中心に栄えた。藤棚という地名は、現・藤棚交差点付近にあった茶屋、鈴木屋の軒に藤が茂っていたことに由来している。

横浜市史資料室所蔵「広報課写真資料」


横浜西口五番街

横浜西口五番街

昭和36(1961)年、横浜駅西口に「横浜西口五番街」が開業した。商店街の地番が5番だったことと、ニューヨーク五番街にあやかっての命名だとか。最近では安心・安全できれいな街づくりのために、商店会で清掃活動やパトロールを実施。また、地域のサッカーチームを応援するため横浜FCサポートタウンとしても名乗りを上げ、商店街振興に力を入れる。平成26(2014)年にシンボルアーチをリニューアルした。


戸部大通り商店街

戸部大通り商店街

戸部大通りと岩亀横丁沿いの商店街は、かつて造船所で働く人たちによく利用された。酒屋や惣菜屋が繁盛し、映画館やパチンコ店、松島館のほかにも銭湯があった。昭和30年代初めには、うぐいす嬢による有線放送が流れたり、オート三輪にベニヤの看板を貼った宣伝カーが走行したりしていたという。


「千代田栗最中本舗」店主 菊池英雄さん

インタビュー
西区ゆかりの和菓子があります
「千代田栗最中本舗」店主 菊池英雄さん

昭和2年に岡野交差点そばに創業しました。こし餡に栗を練り込んで販売したのが「千代田栗最中」の始まりです。先代が電停(市電の停留場)に広告を出したり、ラジオで宣伝を流したりしました。西区ゆかりの和菓子には、茶人でもあった井伊掃部頭直弼にちなんだ「挽茶羊羹」などもあります。


神奈川県指定銘菓 千代田の栗最中


みなとみらい

造船所の跡地は、みなとみらい21地区として横浜を代表する商業エリアに生まれ変わった。ランドマークタワーからクイーンズスクエアへと続くクイーン軸。マークイズみなとみらいからGENTOへとアクセスできるグランモール軸。さらに足を伸ばせば、はまみらいウォークを通って横浜駅東口へ。多くのショッピングモールを楽しむための歩行者導線が考えられている。人と場所をつなぐ街づくりは、商店街の新しいかたちをつくった。
横浜みなとみらい21の紹介を見る

横浜みなとみらい21


西区には、どのようにして産業が発展していったのでしょうか。ここでは、西区の産業をけん引してきた企業を取り上げます。かつて、西区に存在し、発展に貢献した企業や産業。昔から西区に根差し、現在も存在する企業。鉄道の発展とともに駅を中心に商業も盛んになりました。そして近年、みなとみらい21地区に進出し、西区と世界をつなぐグローバル企業。この3つの視点で、企業とともに移り変わる西区の新旧市街を産業でつないでみましょう。

かつて西区に存在した大企業・産業

西区の産業史に欠かせないのが重工業。横浜船渠(のちの三菱重工業(株))は、かつて西区を代表する企業だった。昭和19(1944)年には在籍人員が1万8千人を超えたが、戦争や景気による盛衰を経て、昭和58(1983)年に工場を移転。跡地はみなとみらい21地区になった。
横浜電線製造(株)(のちの古河電気工業(株))は明治44(1911)年、西平沼町にケーブル工場を建設。第一次世界大戦により、電線ケーブルの需要が増え急速に発展した。その後本社が移転し、西区には事業所と研究所のみが残る。
また、明治末期から大正にかけての一大産業として麻真田(あささなだ)繊維工業があった。麻真田は婦人帽の材料として横浜の地で工業化に成功し、横浜港から海外に輸出され世界有数のシェアを誇っていたが、関東大震災により打撃を受け、衰退した。

横浜市史資料室所蔵「広報課写真資料」

昭和27(1952)年頃の西平沼町


昔から西区に存在する企業

横浜は鉄道発祥の地。人が集まる駅は商業も発展させた。横浜駅にゆかりのある西区の企業といえば、(株)崎陽軒。平成20(2008)年に創業100周年を迎え、今なお地域とともに歩み続ける。その歴史は明治41(1908)年に横浜駅構内の営業許可を受けてスタートし、昭和3(1928)年に横浜名物「崎陽軒のシウマイ」を開発。その後、同社の代名詞となっているシウマイ弁当を販売した。

(株)崎陽軒広報・マーケティング部 西村浩明さん

インタビュー
初代社長の想いがシウマイ娘を生みました
(株)崎陽軒広報・マーケティング部 西村浩明さん

「戦後の横浜を明るくしたい」という初代社長の発案で、昭和25年8月からシウマイ娘が横浜駅ホームでシウマイ弁当を販売しました。シウマイ娘は今でいうキャンペーンガール。当時の評判を呼び、横浜を舞台にしたストーリーで映画化もされたほどです。これをきっかけに横浜名物となったシウマイは、市民のみなさまの生活に広く溶け込んでいきました。


シウマイ娘


横浜油脂工業(株)

明治26(1893)年に平沼町に創業した横浜魚油(現・横浜油脂工業(株))も西区に100年以上根を下ろす会社。魚油の集積や加工にはじまり、今では精密洗浄・カーケミカル品・機能性食品素材の製造、海外展開も図っている。


写真提供:日産自動車(株)

近年、西区に進出した企業

みなとみらい21地区が整備されると、平成21(2009)年に日産自動車(株)がグローバル本社ビルを建設。昭和初期の自動車製造(株)設立から時を経て、本社機能を横浜に移しグローバルに事業を展開する。
平成22(2010)年には、富士ゼロックス(株)が「富士ゼロックスR&Dスクエア」に研究開発部門を集約。新たな基幹拠点としてスタートをきった。西区の産業を振り返ってみると、その時代時代に求められる先端の企業が今も昔も存在している。


このページへのお問合せ

西区総務部区政推進課広報相談係

電話:045-320-8321

電話:045-320-8321

ファクス:045-314-8894

メールアドレス:ni-koho@city.yokohama.jp

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