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中区の町名とその歩み(あ行の町名)

最終更新日 2019年1月24日

「あいうえお」から始まる町名の由来と、設置年月日を掲載しています。
出典 「横浜の町名」横浜市市民局(平成8年12月発行)・橫濱市町名沿革誌(昭和14年発行)・横浜市報

相生町(あいおいちょう)

明治22年4月1日設置。
明治22年の市町村制施行の際、横浜市に編入した町。慶應3年(1867年)3月に久良岐郡太田屋新田を埋め立て相生町字1丁目から2丁目の地ができ、明治4年7月に町名を付けた。
明治6年3月22日に相生町以南が焼失したので、明治6年5月に新浜町、若松町、高砂町、小船町、駒形町を廃止し、相生町、尾上町、住吉町、常盤町、真砂町、港町を東西直線に通し、相生町は字1丁目から6丁目までを置く。町名は謡曲の「高砂(古くは相生といった)」に由来する。町は1丁目から6丁目の字区域がある。

赤門町(あかもんちょう)

昭和10年7月1日設置。
昭和10年の町界町名地番整理施行にともない霞町字1丁目および清水町、南太田町字谷原耕地、霞耕地の一部から新設した町。字1丁目から2丁目を置く。昭和19年に中区の一部から西区を設けた時、赤門町字1丁目の区域は中区へ、字2丁目の区域は西区に属することとした。町名は真言宗東福寺の山門が赤く塗られていることに由来する。

曙町(あけぼのちょう)

昭和3年9月1日設置。
昭和3年の町界町名地番整理施行にともない久方町字1丁目・2丁目、足曳町字1丁目・2丁目、賑町字2丁目、吉岡町字1丁目~6丁目、長者町字4丁目、長島町字4丁目・5丁目、南吉田町字南五ツ目の各一部から新設した町。町名は明治14年の『小学唱歌集』に掲載された慈鎭和尚の「春のやよい」にでてくる「春のやよいの あけぼのに 四方の山べを 見わたせば 花盛りかも しら雲の かからぬ峰こそ なかりけり」から採った。町は1丁目から5丁目の字区域がある。

足曳町(あしびきちょう)

明治6年6月1日設置。
昭和3年廃止。
吉田新田埋立地内に新設。昭和3年9月1日町界町名整理の際に廃止。現在の中区長者町5丁目の一部。足曳町1、2丁目の一部区域は曙町となる。

池袋(いけぶくろ)

昭和8年4月1日設置。
昭和8年に根岸町の一部から新設した町。古くは久良岐郡根岸村といい、明治34年の横浜市編入の際、根岸町となる。町名は字名を採った。地名研究で「フクロ」とは「袋形の小地形」を意味するという。

石川町(いしかわちょう)

明治22年4月1日設置。
明治22年の市町村制施行の際、横浜市に編入した町。古くは石川郷といい、堀之内村、横浜村、中村の地域を合わせて久良岐郡石川村といったが、後に分かれて久良岐郡石川中村となった。明治6年1月に石川中村の町並みの整ったところに石川町字1丁目から7丁目までを新設した。昭和10年の町界町名地番整理施行にともない字6丁目・7丁目を廃止した。『横浜文書』の「将軍家藤原頼経政所下文(貞永2年・1233)」に「平子郷内石河村」の記録がある。小泉八雲は『Glimpses of unfamiliar Japan』の「At the Market of the Dead」に石川町を「the Street of the Stony River.」と紹介している。町は1丁目から5丁目の字区域がある。

石川仲町(いしかわなかちょう)

明治7年4月1日設置。
昭和10年廃止。
石川町の裏通りに7丁目までを設置。昭和10年7月1日町界町名整理の際、廃止。現在の中区石川町1丁目から5丁目。

伊勢佐木町(いせざきちょう)

明治22年4月1日設置。
明治22年の市町村制施行の際、横浜市に編入した町。吉田新田を埋め立てて明治7年5月20日に伊勢佐木町字1丁目・2丁目を新設した。昭和3年の町界町名地番整理施行にともない松ケ枝町、賑町、長島町を廃止し、その区域を長者町および久方町の一部と末吉町字6丁目を経て南吉田橋に至るまで延長し、伊勢佐木町字7丁目までを置く。町名の由来については諸説ある。
第一説に、明治7、8年頃に元神奈川奉行であった佐々木信濃守と合原伊勢守の2人で開発したので「伊勢」と「佐木」の姓を連結した。
第二説に、明治7年頃に伊勢の佐々木某がそば屋、佐々木庵を開業して繁盛した。町名はその生国「伊勢」と姓「佐々木」を採った。
第三説に、明治5、6年頃に太田町の伊勢文蔵と、桜木町の佐々木次平が吉田橋際の伊勢佐木町付近の埋立事業を手掛けたことからその姓をとって名付けたという説がとられていた。
しかし、最近の調査で、伊勢佐木町の道路造成の費用を寄付して中島県令から銀杯を受けた伊勢屋中村治郎兵衛、佐川儀右衛門、佐々木新五郎の3人の姓から、それぞれ「伊勢」、「佐」、「木」を採ったものであることが分かった。(『有隣』第261号2頁 平成元年8月10日、有隣堂刊)。町は1丁目から7丁目の字区域がある。

井土ケ谷町(いどがやちょう)

明治44年4月1日設置。
昭和11年廃止。
大岡川村の大字井土ケ谷が、明治44年4月1日に横浜市に編入して井土ケ谷町と改称。昭和11年11月1日の町界町名整理の際に廃止。区域を3つに分け井土ケ谷上町、井土ケ谷中町、井土ケ谷下町を設置した。現在は南区に存在。

上野町(うえのちょう)

明治22年4月1日設置。
明治22年の市町村制施行の際、横浜市に編入した町。明治6年1月に久良岐郡北方村の町並みの整った所に上野町を新設した。昭和3年9月の町界町名地番整理施行にともない上野町は上野町通の山手の天沼の一部を含んで、大和町と千代崎町間を中心とした区域とし、上野町字4丁目まで置く。町名は字名を採った。『新篇武蔵風土記稿』の北方村の項に「上野」の小名が記録されている。中島利一郎の『日本地名学研究』に「東京、横浜何れにも上野、根岸があるのは面白いが、上野は断崖上の平原丘と解し、または鹿、熊等の猟の少ない平山つづきの地と解釈してもいいと思う。」と述べている。町は1丁目から4丁目の字区域がある。

打越(うちこし)

昭和10年7月1日設置。
昭和10年の町界町名地番整理施行にともない中村町から新設した町。町名は字名を採った。地名研究で「ウツ」とは「狭い谷、崖」、「コシ」とは「麓、崖」を意味するという。

内田町(うちだちょう)

明治22年4月1日設置。
明治22年の市町村制施行の際、横浜市に編入した町。京屋内田清七が請け負って埋め立てた所で、明治5年に内田町字1丁目から12丁目までを新設した。明治20年に内田町字3丁目から5丁目までの片側を長住町とし、内田町は字1丁目から8丁目までとなる。町名は埋立者の姓「内田」を採った。町は飛地状となっている。

梅ケ枝町(うめがえちょう)

明治6年2月1日設置。
昭和3年廃止。
明治6年2月吉原町を廃し設置。昭和3年9月1日の町界町名整理の際に廃止。
現在の中区羽衣町3丁目にあたる。

扇町(おうぎちょう)

明治22年4月1日設置。
明治22年の市町村制施行の際、横浜市に編入した町。明治6年に吉田新田を埋め立てて扇町字1丁目から4丁目までを新設した。町名は縁起を祝って能の小道具「扇」を採った。また、洲干弁天に因むともいう。町は1丁目から4丁目の字区域がある。

大芝台(おおしばだい)

昭和8年4月1日設置。
昭和8年に根岸町の一部から新設した町。古くは久良岐郡根岸村といい、明治34年の横浜市編入の際、根岸町となる。町名は字名「大芝」と、ここが台地に位置することから名付けた。地名研究で「シバ」は雑木類の「柴」を意味するという。

太田町(おおたまち)

明治22年4月1日設置。
明治22年の市町村制施行の際、横浜市に編入した町。三河碧海郡川崎村出身の太田屋左兵衛が開発者となり、叔父の源左衛門が差配して嘉永3年(1850)から安政3年(1856)にかけて横浜村の南方一帯を大岡川の支流に至るまで埋め立て、太田屋新田と呼んだ。安政6年(1859)にこの新田の中に太田町字1丁目から5丁目までを新設した。文久元年(1861)に字6丁目から8丁目までを置いたが、その後、字7丁目・8丁目は外国人居留地に編入して廃止した。明治4年4月に横浜市街の測量を行い、神奈川県庁を起点として字1丁目から6丁目までとする。

大平町(おおひらちょう)

昭和8年4月1日設置。
昭和8年の町界町名地番整理施行にともない根岸町と中村町の各一部から新設した町。町名は旧字名の平楽の一字を採り、「大平」という佳名を採ったものとされている。

翁町(おきなちょう)

明治22年4月1日設置。
明治22年の市町村制施行の際、横浜市に編入した町。明治6年に吉田新田の沼地を埋め立て、翁町を新設した。明治22年に横浜市翁町となる。町名は謡曲「翁」から名づけた。また、洲干弁天に因むともいう。明治時代の文学者で日本研究家の小泉八雲(1850年から1904年)は『Glimpses of unifamiiar of Japan』の「At the Market of the Dead」に翁町を「the Street of the Aged Man.」と紹介している。町に1丁目と2丁目の字区域がある。

尾上町(おのえちょう)

明治22年4月1日設置。
明治22年の市町村制施行の際、横浜市に編入した町。明治4年に太田屋新田の埋め立て地に尾上町を新設した。明治6年3月に相生町以南が焼失したため、明治6年5月に新浜町、若松町、緑町、高砂町、小松町、小船町、駒形町を廃止し、相生町、尾上町、住吉町、常盤町、真砂町、港町を東西に通る道路に沿って設置した。明治22年に横浜市尾上町となる。町名は、謡曲「高砂」に出てくる「尾上の松」に因んで名付けた。町に1丁目から6丁目の字区域がある。

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