このページの先頭です

写真で見る緑区:史跡・文化財

最終更新日 2019年1月11日

アイコン


大正10年の陸軍大演習で、当時の皇太子殿下(昭和天皇)が演習をご覧になった場所です。長津田駅から近い場所にあり、周囲には大樹が何本も立ち並んでいますが、御野立跡は周囲から浮き立つように高台になっているため、眼下に恩田川とその周辺を一望することができます。

御野立跡の碑の写真

アクセス
JR横浜線・東急田園都市線長津田駅から徒歩10分
紅葉

カテゴリ検索 エリア検索


天王社とその周辺は谷戸を隔てる丘陵の尾根に当たり、いまだに都市の騒々しい生活から隔てられた自然の景色が広がっています。静かに緑の中を歩けば、野辺の地蔵がそこかしこで出迎えてくれます。かつての宿駅の豊かさと歴史を感じさせてくれるウオーキングコースです。

天王社の裏手の静かな散歩道の写真

アクセス
JR横浜線・東急田園都市線長津田駅から神奈中バス津1系統乗車、バス停「天王様下」下車徒歩5分

カテゴリ検索 エリア検索


夜になると灯をともし旅人を迎えてきた常夜燈はまさに長津田の宿場町としての歴史を象徴する資産です。この下宿常夜燈は御幸通り沿いにあり、墓石と地蔵堂に寄り添うように立っています。

下宿常夜燈の写真

アクセス
JR横浜線・東急田園都市線長津田駅から徒歩10分

カテゴリ検索 エリア検索


大山街道は、次第にその道筋を変え、長坂は現在の国道から取り残された。坂に通じる、長津田小学校脇から森村学園脇の旧道 には、昔の矢倉沢往還の雰囲気を今に僅かなりとも伝える場所も一部残っています。蓑笠をつけた旅人が雨の中を歩く様子を連想させます。

旧大山街道の写真

アクセス
JR横浜線・東急田園都市線長津田駅下車で徒歩10分

カテゴリ検索 エリア検索


横浜市内でも殆ど手つかずの農村風景は、日常住み慣れていても、子供の頃を思い出すような、なつかしい農村風景が見られます。春は青葉、桜、藤や竹林の色彩と田植え、夏は蛍やひぐらし等の虫の声や子供たちの川遊び、 秋は黄金色に実った稲穂や稲刈りがあり、四季折々の風景が残っています。

新治里山交流センターの写真

アクセス
JR横浜線十日市場駅から徒歩15分

カテゴリ検索 エリア検索


元久2年(1205年)6月、武将 畠山重忠は北条義時の策略にあい鶴ヶ峰の合戦で敗れました。逃げ延びてきた家来たちは、現在鴨居七丁目にあるこの高台で食事をしていたところ、追っ手の北条氏の攻撃を受け、この付近で全滅しました。なきがらは村人によってこの地に葬られ、攻められたときに食事をしていたことから「ごはん塚」と呼ばれるようになりました。
この場所から望む青葉区・都筑区方面の眺望は見ごたえがあります。

ごはん塚の写真

アクセス
JR横浜線鴨居駅から市営119系統乗車、バス停「鴨居七丁目」から徒歩8分

カテゴリ検索 エリア検索


猿山村領主であった佐野次郎兵衛政成とその妻の墓です。「猿山」というのは上山と白山の旧名称で、もともとは猿山村が幕末頃から上猿山村と下猿山村に分かれていました。昭和14年4月1日横浜市に編入するに当たり、「猿」が「去る」に通じ縁起が良くないとされ、上猿山全域と下猿山の一部を上山町、下猿山の残りの部分を地域内にある白山神社にちなみ白山町と改称しました。
墓がある辺りを地頭蔵屋敷と呼んでいます。墓碑:寛永19年(1642)9月19日。

猿山村領主の墓

アクセス
JR横浜線・市営地下鉄中山駅から市営1・12・39系統乗車、バス停「白山ハイテクパーク」下車、南に細い道を登る

カテゴリ検索 エリア検索

このページへのお問合せ

緑区総務部区政推進課

電話:045-930-2220

電話:045-930-2220

ファクス:045-930-2225

メールアドレス:md-kusei@city.yokohama.jp

前のページに戻る

ページID:926-207-767

先頭に戻る