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西洋野菜の導入年表

最終更新日 2019年1月8日

横浜市における西洋野菜の導入年表
内容
開港(1859年)当時首都や神奈川港に近い地方の主な穀物や野菜は、コメ、アワ類、マメ類、ワタ、コムギ、ソバ、タバコその他野菜
1860(万延元)年神奈川奉行所がアメリカ麦を試作させた。
1862(文久2)年この年に書かれた「大君の都」によるとエドワード・ローレイロが菜園を作った。(レタス、エンダイブ、キャベツ、カリフラワー、メキャベツ、パセリ)
1863(文久3)年神奈川奉行の命令で横浜・末吉町で西洋人指導のもと居留地向けの西洋野菜栽培を始める。(キャベツ、セロリ、ニンジン、ラディッシュ、トマト、サヤエンドウ、イチゴ)
「居留英人カーティス」によってカリフラワー、キャベツ、アスパラガス等の西洋野菜の栽培が試みられた。
根岸村、清水辰五郎がカーチスを見習って,カーティスの収穫したキャベツの株より採種した種を用いて栽培を始めた。
この頃根岸村、近藤伊勢松が外国人による種苗供給から肥培管理までの実地指導を受けてセロリ、メキャベツ、キャベツなどの栽培を始めた。(現在の横浜市中区西竹之丸)
1866(慶応2)年子安地方で堤春吉が外国船食糧買い込み商人より米国のセロリの種子を取り寄せ近隣の農家と栽培を始めた。
1867(慶応3)年頃ベイリーがスミスに続いて農園を開いた
1869(明治2)年横浜・子安の堤氏を初め7人の西洋野菜栽培者によりセロリ、カリフラワー、ビート、ラディッシュ等の栽培をはじめる。
1878(明治11)年この頃より、磯子の中原地方で、井野銀次郎が幕末より栽培を始めた西洋野菜のうちメキャベツ栽培が盛んになる。
1879(明治12)年根岸の宮崎留五郎が当時の港町青物青物市場の西洋野菜問屋伊勢屋の委託を受け、アスパラガス、アーティチョークの栽培を始めた。
1882(明治15)年根岸村、近藤伊勢松のキャベツ、イチゴ、アスパラガスを主とする2ヘクタールの西洋野菜専門の農業を営む。
1887(明治20)年子安では清水・吉田氏による栽培研究でセロリの栽培面積が5から6ヘクタールになる。
1902(明治35)年キャベツの一般向け利用栽培(品種:サクセッション)が始まる。
1911(明治44)年頃鶴見境から神奈川境まで東海道に沿って「子安西洋野菜」産地の作付面積は50ヘクタール近くになる。
子安および根岸でカリフラワーの栽培面積が5ヘクタールになる。
1912(明治45)年横浜市でコマツナ栽培が始まる。
1918(大正7)年頃根岸地方でアスパラガスの栽培面積が30ヘクタールとなりピークを迎える。

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