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最終更新日 2019年10月8日
2017年には、全世界で約2億1900万人のマラリア患者が発生し、43万5千人が死亡しています。死亡の約9割がサハラ以南のアフリカで発生していて、その大部分が5歳未満のこどもです。マラリアに一回罹患することによっては、しっかりとした免疫は獲得されず、一年の間に罹患を繰り返す人もいます。しかし、マラリアの蔓延する地域においては、長年生活することで何度も罹患することにより徐々に免疫が獲得されるため、罹患や死亡はこどもで多く、大人で少ないです。マラリアの蔓延する地域においては、生まれてからずっとその地で生活することでマラリア感染の繰り返すことにより5歳程度以上になるとある程度の免疫を獲得し重症化することは少なくなります。ところが、その免疫力が低下するようなことがあると、重症化がありえます。妊娠中はマラリアに対する免疫力が低下します。また、アフリカを離れて欧米などマラリアに感染するチャンスがほとんどない国でしばらく暮らすことでも、マラリアに対する免疫力が低下します。半年から一年間でも再感染がなければ、せっかく獲得した免疫も、重症化もありえるほどまで低下してしまいます。
マラリアが蔓延するアフリカにおいて、マラリアの排除にほとんど成功したと思われた地域がありました。インド洋上のマダガスカル島の高地です。1960年代の終わりから1980年代の初めにかけて、約20年間、マラリアの患者発生はほとんど完全に抑え込まれました。ところが、1986年、マラリアが再び侵入しました。人々のマラリアに対する免疫が失われ、制御手段も乏しかったため、大きな流行となりました。すべての年齢層において死亡率が高く、2年間に数万人が死亡しました。
アメリカ合衆国では、毎年、約1700人のマラリア患者の患者発生報告がありますが、ほとんどが海外で感染しての輸入例です。アメリカ合衆国では、2015年には、1513人(内、11人死亡)の発生報告があり、感染を起こした地域は、アフリカが85%、アジアが9%、カリブ海と南北アメリカ大陸が5%、オセアニアと中東が1%でした。
マラリアは、日本の感染症法において、4類感染症とされています(医師によるマラリアの届出基準はこちらのページから)。日本の感染症発生動向調査における病型別の年間マラリア患者発生報告数の推移は下のグラフのとおりです。日本においては、海外で感染した患者が報告されています。従来、熱帯熱マラリアと三日熱マラリアの報告が多く、アフリカでの感染は熱帯熱マラリア、アジアでの感染は三日熱マラリアの報告が多かったです。近年、日本においては、三日熱マラリアの報告が減り、報告の大部分を熱帯熱マラリアが占めるようになっています。
鎌状赤血球(sickle cell)の遺伝子では、ヘモグロビン蛋白のベータ鎖の6番の位置のアミノ酸においてglutamateがvalineに置換した単一のアミノ酸置換があります。この遺伝子を両親から引き継ぐと(HbSS)、こどもは鎌状赤血球症(ヘモグロビンS症)となり、他の人たちより寿命は短くなります。鎌状赤血球遺伝子と通常遺伝子との組み合わせであると(HbAS)、通常は鎌状赤血球症の症状は現れず、熱帯熱マラリアに対して防御的な効果が期待できます。結果として、鎌状赤血球遺伝子のキャリヤーが、熱帯熱マラリアの蔓延地域では多くなっています。また、アフリカに祖先を持つアフリカ系の人たちに、鎌状赤血球遺伝子のキャリヤーは多いです。CDCとケニア医学調査研究所とによるアフリカの西部ケニアにおける調査によれば、鎌状赤血球遺伝子のキャリヤーでは、マラリアによる死亡について、60%の防御効果が見られ、従来、マラリアの罹患や死亡が多い生後2-16ヶ月でその防御効果が目立っています。なお、血液中の酸素飽和度がHbSSでは85%以下、HbASでは40%以下になると、赤血球の鎌状形成が始まり、鎌状赤血球は変形能に乏しく、毛細血管を閉塞し、脾臓で破壊され、溶血性貧血となります。
マラリアが蔓延する地域において、頻度が高く、マラリアに対して防御効果があると考えられている疾患として、鎌状赤血球症(ヘモグロビンS症)の他に、ヘモグロビンC症(ヘモグロビンC症の遺伝子では、ヘモグロビン蛋白のベータ鎖の6番の位置のアミノ酸においてglutamateがlysineに置換した単一のアミノ酸置換があります。患者は西アフリカの地域内でのみ見られます)、ヘモグロビンE症(ヘモグロビンE症の遺伝子では、ヘモグロビン蛋白のベータ鎖の26番の位置のアミノ酸においてglutamateがlysineに置換した単一のアミノ酸置換があります。患者は東南アジアで多く見られます。熱帯熱マラリアは防御せず、三日熱マラリアを防御します)、サラセミア(thalassemias)、G6PD欠損症(グルコース-6-リン酸脱水素酵素欠損症)があります。
サラセミア(thalassemias)は、過去にマラリアが蔓延していた地中海沿岸に多いです。また、アフリカの大部分、中東、中央アジア、アラビア半島、南アジア、東南アジア、西太平洋の島々、ミクロネシアの島々などでも多いです。これらの地域では、過去において、マラリアが蔓延していました。西太平洋南方の島々では、ある種のサラセミア[alpha(+)-thalassemia]の人々の多い地域と熱帯熱マラリアの蔓延地域とが一致しています。ある種のサラセミア[alpha(+)-thalassemia]では、その遺伝子を持っていれば、重症のマラリアのリスクを減ぜられます。[alpha(+)-thalassemia]遺伝子を両親から引き継ぐと、通常のこどもと比較して重症のマラリアのリスクを60%減ぜられます。[alpha(+)-thalassemia]遺伝子と通常遺伝子の組み合わせであると、通常のこどもと比較して重症のマラリアのリスクを34%減ぜられます(参考文献8)。G6PD欠損症(グルコース-6-リン酸脱水素酵素欠損症)についても、患者はサラセミア(thalassemias)と似た地理的分布をしています。
アメリカ合衆国では、ニューヨーク州におけるエリー運河の開設工事において、マラリアで千人以上が死亡しています。エリー運河は、アメリカ合衆国北部の五大湖の一つエリー湖(Lake Erie)とハドソン川上流をつなぐ運河で1817年7月4日に工事開始し、1825年10月26日に全体開通に至りました。1819年に、途中のモンティズマ湿地での工事においてマラリアで千人以上が死亡し完全に工事が止まりましたが、冬季の湿地が凍結した時期にモンティズマ湿地での工事を再開、完了させ、開通に至ることができました。
マラリアはメスの蚊[ハマダラカ(Anopheles mosquito)]が媒介します。吸血する対象の10%(1/10)が人である場合には、吸血する対象の100%が人である場合と比較して、マラリアを媒介するためには、患者を刺して、健康な人を刺すという2回の吸血が必要なため、マラリアを媒介する確率は、(1/10)×(1/10)で1%程度となります。メスの蚊が吸血する対象で人が占める割合を人好み指数(anthropophilic index)と言います。世界の大部分において、マラリアを媒介するメスの蚊の人好み指数は、50%を大きく下回り、しばしば10-20%以下です。これに対して、サハラ以南のアフリカにおいては、マラリアを媒介するメスの蚊の人好み指数は、80-100%とされ、サハラ以南のアフリカにおけるマラリアの蔓延の一因とされます。
マラリアを媒介する蚊の属名のAnophelesは、ギリシア語のan(英語では、not)とophelos(英語では、benefit)とで「無益」の意味です。1818年にドイツの昆虫学者Johann Wilhelm Meiganが最初にAnophelesについて記述しました。インドで英国の医師Sir Ronald Ross(1857年5月13日~1932年9月16日)が鳥のマラリアでAnopheles属の蚊が媒介するのを示したのは、何十年も後の1897年のことであり、Anophelesを「有害」の意味で名付けたとするのは誤りです。なお、Sir Ronald Rossは、1899年に人のマラリアでAnopheles属の蚊が媒介するのを示し、1902年にはマラリアの研究によりノーベル医学賞を受賞しました。Sir Ronald Rossのマラリアの研究において、1897年8月20日が蚊に関係した大事な日であったことから、Sir Ronald Rossは、8月20日を「蚊の日(Mosquito day)」と呼びました。今では、国際的に、8月20日は「世界蚊の日(World Mosquito Day)」とされていて、マラリア等を媒介する蚊に対する対策を進めることを啓発する日となっています。
症状としては、発熱(摂氏39度以上)と悪寒とが目立ちます。発熱の数日前から全身倦怠感や背部痛、食欲不振などの前駆症状を認めることがあります。発熱期と無熱期とを繰り返します。発熱期は悪寒を伴って体温が上昇する悪寒期(1~2時間)と、悪寒がとれて熱感を覚える灼熱期(4~5時間)とに分かれます。発熱期には、頭痛、顔面紅潮や吐き気、関節痛などが見られ、発汗・解熱の後、無熱期へと移行します。次の発熱との間隔は原虫種により異なり、三日熱と卵形マラリアで48時間(2日:最初の発熱を第一病日とすると、第三病日に再度発熱)、四日熱マラリアで72時間(3日:最初の発熱を第一病日とすると、第四病日に再度発熱)、熱帯熱マラリアでは36~48時間(1日半~2日)、あるいは不規則です。脾腫、貧血、血小板減少、黄疸(皮膚や目が黄色くなる)などの所見が見られます。未治療の熱帯熱マラリアでは急性の経過を示し、錯乱など中枢神経症状(マラリア脳症)、急性腎不全、重度の貧血、低血糖、DICや肺水腫を併発して発病数日以内に重症化し、死亡することもあります。迅速で適切な治療が必要です。
ハマダラカ(Anopheles mosquito)によって媒介されます。感染蚊に刺されてから、発病に至るまでの潜伏期は、7日~1年(たいてい10日~4週間)です。熱帯熱マラリアでは短め、四日熱マラリアでは長めです。三日熱マラリアや卵形マラリアでは、マラリア原虫が肝臓で休止状態になることがあり、感染蚊に刺されてから数ヶ月後から4年後に休止状態から目覚めて再発することがあります(再発マラリア:relapsing malaria)。
マラリア(malaria)という用語は、1740年に、イタリア人の内科医Francisco Torti(1658-1741年)によって使い始められました。イタリア語で、"mala aria"で「悪い空気(bad air)」の意味です。沼地での発生が多く、沼地の「悪い空気(bad air)」を関連付けたものです。「マラリア熱(malaria fever)」のような使われ方をしていましたが、後には、「マラリア(malaria)」だけで病気そのものを意味する病名として使用されるようになりました。
マラリアはPlasmodium属原虫のPlasmodium falciparum(熱帯熱マラリア原虫)、Plasmodium vivax(三日熱マラリア原虫)、Plasmodium ovale(卵形マラリア原虫)、Plasmodium malariae(四日熱マラリア原虫)、Plasmodium knowlesi(サルマラリア原虫の一種)などの単独又は混合感染による感染症です。
Plasmodium falciparum(熱帯熱マラリア原虫)は、熱帯・亜熱帯で世界的に広く認められます。特にアフリカでよく認められます。血液で急速に増殖して血液を破壊するため、重症の貧血となり、重症のマラリアとなりえます。また、熱帯熱マラリア原虫が小血管を詰まらせることがあります。これが脳で起こると、脳マラリア(cerebral malaria)となり死に至ることもあります。紀元前323年、バビロンにおいて、アレクサンダー大王(Alexander the Great)は、マラリアで死亡したともされますが、真実ならば、おそらくは熱帯熱マラリアでしょう。なお、アレクサンダー大王の死因については諸説があります。ギラン・バレー症候群との説もあります。
Plasmodium vivax(三日熱マラリア原虫)は、アジアとラテンアメリカ、一部のアフリカで認められます。サハラ以南の地域以外で優勢です。Plasmodium ovale(卵形マラリア原虫)と同様に、肝臓における休止期があり、感染蚊に刺されてから数ヶ月~数年後に発病(再発)することがあります。
Plasmodium ovale(卵形マラリア原虫)は、アフリカ(特に西アフリカ)及び西太平洋の島々でよく認められます。生物学的にも形態学的にもPlasmodium vivax(三日熱マラリア原虫)と似ています。ただし、Plasmodium vivax(三日熱マラリア原虫)と異なり、Duffy血液型抗原陰性の場合でも感染を起こします。Duffy血液型抗原は、Plasmodium vivax(三日熱マラリア原虫)やPlasmodium knowlesi(サルマラリア原虫の一種)の受容体となっています。サハラ以南のDuffy血液型抗原陰性の人が多い地域では、Plasmodium vivax(三日熱マラリア原虫)よりも優勢です。
Plasmodium malariae(四日熱マラリア原虫)は、熱帯・亜熱帯で世界的に広く認められます。治療されなかった場合、生涯続く、慢性の感染症となることがあり、腎障害を起こすこともあります。
Plasmodium knowlesi(サルマラリア原虫の一種)は、東南アジアで、カニクイザル(long-tailed macaque)やブタオザル(pig-tailed macaque)の病原体として知られています。近年、特にマレーシアにおいて、人獣共通感染症としてのマラリアの病原体として知られるようになりました。増殖サイクルが24時間と短いため、急速に重症化し、死亡例も報告されています。人にも感染するサルマラリア原虫としては、他にも、ブラジルにおけるPlasmodium simiumや東南アジアにおけるPlasmodium cynomolgiが知られています(参考文献9)。なお、Plasmodium knowlesi(サルマラリア原虫の一種)のknowlesiは、発見者のインドの内科医Robert Knowlesに因みます。
流行地を旅行する場合、予防のために抗マラリア薬を投与する場合があります。
マラリアを媒介するハマダラカ(Anopheles mosquito)対策として、殺虫剤や殺虫剤付き蚊帳などが使用されています。DEET(ディート)などの虫よけ(忌避剤)の使用や皮膚を露出しないような衣服の着用により、蚊に刺されないようにしましょう。ハマダラカ(Anopheles mosquito)は夜間の活動が活発です。
マラリアに感染している人の血液の輸血による感染を避けるため、日本赤十字社では、献血の基準を設けています。マラリアに関しては、「献血の問診時に海外滞在歴を確認させていただき、マラリア流行地を旅行したことのある方は『原則として帰国後1年間』、マラリア流行地に1年を越える長期滞在をしたことがある方は『帰国後3年間』、献血をご遠慮いただいています。例外として、マラリア流行地を旅行したことのある方でも、感染の可能性がないと医師が判断した場合は献血が可能になります(都市やリゾート地での1カ月以内の滞在などが該当しますが、場合によっては滞在期間に関わらずご遠慮いただく場所もあります)。なお予防薬を服用した場合は、服用後3カ月間の献血をご遠慮いただいています。マラリアの既往がある方は、献血をご遠慮いただいています。」としています。くわしくは、下記、参考文献1を参照して下さい。アメリカ合衆国では、1963-2012年に輸血により97人のマラリア患者発生がありました。現在のアメリカ合衆国では、日本赤十字社と同様な基準の徹底により、輸血によるマラリア患者の発生は、2年に1人程度、輸血100万単位あたり1人未満のたいへんまれなできごとになっています。
妊娠中はマラリアに対する免疫力が低下します。妊娠中にマラリアに罹患すると、重症化し貧血や死亡、低出生体重児の出産等に結びつくため、予防が強く望まれます。殺虫剤処理した蚊帳(ITNs: insecticide treated nets)を使用します。また、化学予防として、抗マラリア薬が妊婦に投与されることがあります。アフリカのマラリアが定常的に蔓延している地域において、抗マラリア薬のSulfadoxine/Pyrimethamineによる妊娠時の間欠的予防投与(IPTp:Intermittent Preventive Treatment in pregnancy)が、推奨されて成果がありました。妊娠中期にまず一回投与し、その一か月後にも投与します。しかしながら、アフリカではSulfadoxine/Pyrimethamineに対する耐性化が進み、投薬について見直されています(参考文献10)。
RTS,S/AS01(RTS,S)は、世界最初のマラリアワクチンです。2019年からアフリカのマラウイ、ケニア、ガーナの三ヶ国でこどもの定期予防接種に導入されることになっています。まず、マラウイで、2019年4月23日から、こどもの定期予防接種としての接種が始まりました。RTS,Sワクチンの4回接種スケジュールを完了することで、熱帯熱マラリアに対する部分的な免疫を獲得できます。マラウイでは、生後5,6,7,22ヶ月での4回接種スケジュールです。4年間にわたり、39%の患者発生を防ぎ、29%の重症患者発生を防ぎます。
2019年10月8日初掲載
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