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生物化学兵器(生物兵器および化学兵器)について

■この記事は教科書的、文献的な内容についてまとめ、多くの方が参考にしていただけるよう掲載しています。必ずしも最新の知見を提供するものではなく、横浜市としての見解を示すものではありません。■なお、本件に関して専門に研究している職員は配置されていないため、ご質問には対応しかねます。また、個別の診断や治療については医療機関へご相談ください。

最終更新日 2019年9月12日

はじめに

生物化学兵器とは、生物兵器(B:Biological weapon)と化学兵器(C:Chemical weapon)とを意味します。核兵器(N : Nuclear weapon)と合わせてNBC兵器としてまとめられることもあります。いずれも大量殺戮の可能性のある兵器です。テロにおいてこの生物化学兵器が使用される可能性が心配されています。以下、生物兵器(B:Biological weapon)、化学兵器(C:Chemical weapon)の順に触れて行きます。

生物兵器(B:Biological weapon)について

生物兵器とは、病原微生物による病原性を利用してヒト・動物・植物に害を与える兵器です。利用される病原微生物あるいはその毒素を生物剤といいます。生物剤によって起こる病気には主に、下の表1に示すようなものがあります。表1で、「病名あるいは毒素名」の下線部をクリックすると、当・横浜市衛生研究所ホームページ内で詳細な情報が得られます。生物剤は細菌・リケッチャ・ウイルス・毒素と多様です。テロリストがこのような細菌・リケッチャ・ウイルス・毒素を噴霧等することにより、吸いこんだり飲み込んだりしたヒトが被害を受ける可能性が心配されています。なお、下の表1でLD50とは、実験動物の集団で毒素を与えた場合、ちょうど半数が死ぬような一匹あたりの毒素の分量を言います。LD50が少ないほど強力な毒ということになります。マイクロは10のマイナス6乗(百万分の一)を示します。

表1.主な生物剤による発病した場合の致死率等(主として参考文献3による。一部改変。)
病名あるいは毒素名ヒトからヒトへの感染吸気中にどのくらい菌があれば感染・発病するか潜伏期(感染から発病までの期間)発病した場合の致死率
吸入炭疽(肺炭疽)なし8000-50000個の芽胞1-60日90-100%
ブルセラ症なし10-100個の菌5-60日(通常1-2ヶ月)治療されなかった場合で5%未満
コレラ少ない1億-100億個の菌4時間-5日(通常2-3日)治療した場合で低いが、治療されなかった場合では高い。
鼻疽率は低い少ない量と思われる吸入した場合10-14日50%以上
肺ペスト高率にある100-500個の菌1-6日12-24時間以内に治療しなければ高率
野兎病なし10-50個の菌1-14日(平均3-5日)治療しなければ中等度
Q熱まれ1-10個の菌10-40日大変低い率
痘瘡(天然痘)高率にある10-100個のウイルス7-17日(平均12日)高率から中等度
ベネズエラ馬脳炎率は低い10-100個のウイルス1-6日率は低い
ウイルス性出血熱(エボラ出血熱等)中等度1-10個のウイルス4-21日ザイール株では高く、スーダン株は中等度
ボツリヌス菌毒素なし0.001マイクログラム/kg(A型のLD50)1-5日呼吸補助がなければ高率。呼吸補助があれば5%以下。
ブドウ球菌性腸毒素Bなし0.03マイクログラム/ヒトで無能吸入後3-12時間後1%未満
リシン(毒素)なし3-5マイクログラム/kg(マウスのLD50)18-24時間高率
T-2マイコトキシン(毒素)なし中等度2-4時間中等度

上の表1に見るように、生物兵器は多様です。発病した場合の致死率が高いものもあり、早期発見・早期治療ができるかできないかが命を左右する場合もありえます。生物剤を噴霧するようなテロ行為が行われても、潜伏期というものがありますから、すぐに患者が発生するわけではありません。テロ行為が行われた時点でテロ行為をつかむのはなかなかむずかしい可能性があります。テロ行為の発生や患者の発生を早く知って、早く適切に対応することが大切です。そのためには生物兵器によるテロ(バイオテロ)への対応について医療機関・保健所(福祉保健センター)・衛生部局(健康福祉局)・衛生研究所・警察などがよく連携をとることが大切です。

化学兵器(C:Chemical weapon)について

化学兵器とは、化学物質の有する毒性や刺激性などを利用してヒト・動物・植物に害を与える兵器を言います。利用される化学物質を化学剤と言います。

化学剤には次の6種類があります。

1.神経剤:神経剤には、G剤(サリン・ソマン・タブンなど:常温で液体だが揮発性高く、ガスとして吸入でも作用。)とV剤(VX:揮発性低く、液体のまま用いられる。)とがあります。いずれも、無色・無臭で、脂溶性が高く、皮膚からも吸収されます。また、いずれも空気より重く、下を這うようにして広がります。曝露により死に至る場合があります。
ところで、アセチルコリンは神経から放出される物質で、筋肉を刺激して収縮を起こしたり、分泌腺を刺激して分泌を起こしたり、あるいは他の神経を刺激します。アセチルコリンエステラーゼは、アセチルコリンが筋肉を刺激して収縮を起こしたり、分泌腺を刺激して分泌を起こしたり、あるいは他の神経を刺激したりしたとたんに、アセチルコリンを分解してしまいます。神経剤は、アセチルコリンエステラーゼと結合して、アセチルコリンの分解を止めてしまいます。そのため、アセチルコリンが過剰となり、筋肉収縮・分泌腺分泌・神経刺激が持続することになります。
アセチルコリンエステラーゼの阻害作用 → アセチルコリンの蓄積 → 瞳孔収縮(目の前が暗くなる)・鼻水・神経麻痺 → 呼吸麻痺 → 死
神経剤に対する、よく使われる治療薬としては、以下のものがあります。
*PAM:アセチルコリンエステラーゼの活性化作用。
*アトロピン:抗コリン作用。
*ジアゼパム:抗けいれん作用。

2.びらん剤:水疱形成剤とも呼ばれます。皮膚・目・呼吸器に作用し接触面をびらん(やけど)させる。常温で液体。液体・蒸気で作用。主なものは、マスタード類(Mustard gas)とルイサイトなどです。
・マスタード類:身体では湿った部位に強力に作用。曝露後数時間で障害出現。曝露時に痛まないことから、曝露時に気づかないこともあります。曝露により死に至る場合があります。
肺水腫・気道粘膜の壊死→二次性細菌性肺炎→死
また、マスタード類は骨髄幹細胞の障害を起こします。
・ルイサイト:ルイサイトの曝露から症状が出現するまでの潜伏期間はマスタードガスより短いです。曝露後ただちに目および皮膚の痛みが出現します。目については、1分以内に大量の水で洗い流さなければ失明の可能性があります。皮膚に0.5ml付着でショック様となります。2ml付着で致死率が高いです。BAL(ジメルカプロール[dimercaprol]、2,3-ジメルカプトプロパノール[2,3-dimercaptopropanol)が拮抗薬として、治療に用いられます。

3.窒息剤:吸入により肺水腫を起こし死に至る可能性があります。
・ホスゲン(Phosgene):常温で気体。肺胞で水と反応して塩酸を生成し肺水腫を起こす可能性があります。空気より重く、下を這うようにして広がります。ホスゲンは大気中でかなり長期間残存します。症状が出るまで24時間以上の潜伏期があることがあります。干草のにおい、あるいは青いトウモロコシのにおいで無色。影響を受けた皮膚や眼は15-20分間、流水で洗浄する必要があります。
・クロロピクリン(Chloropicrin):トリクロロニトロメタン(trichloronitromethane)またはニトロクロロフォルム(nitrochloroform)とも呼ばれます。油性の液体で、あらゆる大気温度下で無色または黄緑色で、極めて刺激性の蒸気を発します。燃焼はしませんが、高温で分解し、ホスゲン・塩化水素・酸化窒素・一酸化炭素などの有毒ガスを発生します。殺虫剤・殺鼠剤・燻蒸剤としても使われます。臭気閾値は1.1ppmで、それ以上の水準では眼刺激症状が出現します。1-3ppmの濃度では流涙が出現します。0.3-1.35ppmの濃度の場合、3-30秒以内に、疼痛性の眼刺激症状が出現します。15ppmの濃度に1分間曝露されると、肺の損傷が生じます。119ppmの濃度に30分間あるいは297.6ppmの濃度に10分間曝露されると死に至ります。肺水腫が早期死亡の最も多い原因です。肺水腫の出現は、通常、曝露から48時間以内です。
皮膚汚染の場合、患部を石鹸と微温湯で20-30分間洗浄する必要があります。汚染した衣類はすべて取り除くようにします。
眼に入った場合には、多量の微温湯で20分間洗浄します。刺激が継続する場合には、さらに洗浄を繰り返す必要があります。
クロロピクリンを摂取した場合には、嘔吐を誘発してはいけません。患者には水や他の流動物を飲むように促します。
・塩素:常温で気体です。粘膜で水と反応して塩酸を生成します。粘膜・皮膚を強く刺激します。40-60ppmで肺水腫。430ppm30分で死亡。1000ppm数分で死亡。塩素系の漂白剤・除菌剤として家庭で使用されるものからも発生する可能性があります。塩素系の漂白剤・除菌剤の使用時には、使用上の注意を良く読み、風通しを良くするなど注意しましょう。

4.シアン化物:血液によって細胞まで運ばれてから反応が起こるので血液剤とも言われます。細胞中でチトクロームオキシダーゼと結合し酸素利用を阻害します。ガスとして吸入されて作用します。液体は皮膚からも吸収されて作用します。主なものにはシアン化水素(青酸)と塩化シアンとがあります。
・シアン化水素(青酸:Hydrogen cyanide:HCN):シアン化水素は化学工業用媒体・殺虫剤・殺鼠剤・燻蒸剤として使用されています。致死量吸入で15分以内に死亡します。沸点26度。空気よりやや軽いです。苦いアーモンドの匂いで無色。液体のシアン化水素は皮膚を浸透します。
・塩化シアン:体内でシアン化水素に変化。呼吸器の粘膜を刺激する作用もあります。沸点12.8度。

5.無(能)力化剤:少数の人を一時的に(長時間)動けなくします。主なものには3-キヌクリジニルベンジラートとリゼルグ酸ジエチルアミド(LSD)などがあります。
・3-キヌクリジニルベンジラート(BZ):中枢神経系抑制剤。抗コリン作動性物質。1mg以下を1回投与でうわごとが数日続きます。瞳孔散大し幻覚出現。治療薬としてフィゾスチグミンが用いられます。
・リゼルグ酸ジエチルアミド(LSD):中枢神経系覚せい剤。幻覚出現。無臭・無色の固体で水に溶けます。吸入後5分以内に、不安・不穏状態・嘔吐・全身の知覚異常が生じます。経口摂取後約30-60分で知覚変容が始まります。影響が最高点に達するのは曝露後3-5時間で、通常は12時間以内に回復します。

6.暴動鎮圧剤:「5.無(能)力化剤」が長時間なのに対し短時間動けなくします。
・刺激剤(あるいは催涙剤):カプサイシン(トウガラシエキス)。日本で護身用スプレーとして使われています。顔にスプレーされると、すぐに眼と気道の症状が生じます。激しい痛みと炎症は45分から数時間にわたり持続します。長期的な影響は通常1、2日で消えます。主な症状は眼の激痛と灼熱感、流涙、鼻や口腔内の灼熱感です。エアロゾルを吸入すると、くしゃみ・鼻漏・窒息感・喘鳴が出現します。曝露された皮膚に紅斑が生じることもあります。眼や顔を水で洗い流して対処しますが、カプサイシン自体は水にほとんど溶けません。皮膚については植物油を使っての洗浄も試みられます。
・嘔吐剤(くしゃみ剤):アダムサイト(Adamsite)。エアロゾルで使用されます。コショウ様の刺激・流涙・くしゃみ・嘔吐が見られます。曝露後2-3分で症状が出現します。通常は1-2時間で完全に回復します。

ガスマスクは、活性炭による化学剤の吸着を期待する装備です。防毒マスクの記録に残っている最初の考案者は、15世紀のレオナルド-ダ-ビンチ(Leonardo da Vinci)であるとされています。しかし、体内への化学剤の侵入は、呼吸器からだけではありません。防毒マスクで覆われない皮膚からの侵入にも注意が必要です。対毒ガス防備衣類は、皮膚からの化学剤の侵入を防ぎます。化学剤は生物剤と比較するとテロ行為の発生から患者の発生までの時間が短い傾向があります。但し、中には窒息剤のホスゲンのように潜伏期が長いものもあります。化学剤においてもテロ行為の発生や患者の発生を早く知って、早く適切に対応することが大切です。そのためには化学兵器によるテロについても医療機関・保健所(福祉保健センター)・衛生部局(健康福祉局)・衛生研究所・警察などがよく連携をとることが大切です。

参考文献

  1. 健康危機管理関連情報-国立医薬品食品衛生研究所化学物質情報部(外部サイト)
    http://www.nihs.go.jp/hse/c-hazard/index.html
  2. 生物兵器への対処に関する懇談会報告書(防衛庁・自衛隊)(外部サイト)
    http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/seibutu/houkoku/houkoku.html
  3. USAMRIID`s medical management of biological casualties handbook (fourth edition , February 2001) : U.S.Army Medical Research Institute of Infectious Diseases ; Fort Detrick Frederick , Maryland , U.S.A.
  4. Field Management of Chemical Casualties Handbook ( second edition , July 2000 ) : U.S.Army Medical Research Institute of Chemical Defense ( USAMRICD ) Chemical Casualty Care Division
  5. Public health response to biological and chemical weapons: WHO guidance (2004)(外部サイト)
    http://www.who.int/csr/delibepidemics/biochemguide/en/index.html

2001年10月19日掲載
2012年1月27日増補改訂

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