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歴史の散歩道 5-5

最終更新日 2018年7月13日

第五章 早駆けの道から永谷川に沿って

五 神明社と般若寺

風土記マップ
拡大図(画像:49KB)

永谷川沿いの道(地図1)を平戸方面に進むと、中永谷のバス停近くに、神明社(地図2)を示す標柱が立っている。この下永谷2丁目32番にある神明社は、旧村社で祭神は天照大神である。新車創建の由来は不明であるが、明治42年(1909)8月氏子の協議によって八幡社・白山社・芹が谷天神社などの無格社を合併奉祀し神殿の整備をおこなったという。横浜市指定名木古木のモチノキ・イヌシデなどの木立を通り、石段を登ると、右側に七観音が安置され文政9年(1826年)の不動明王像・天保7年(1836年)の道祖神(多体仏)・同年の堅牢地神塔・明治12年(1879年)の西南戦歿之軍人之碑など各種の石造物がある。

また、神明社の入口から平戸方面に300メートル進むと、真言宗の無量山般若寺(地図3)がある。ここには延文6年(1361年)の板碑がある。般若寺のみならず、永谷地区の板碑には北朝の年号が刻まれているのは、「港南の歴史」95ページにあるように、鎌倉幕府が倒れた直後から足利直義が山内庄を所領とし、宅間上杉氏の始祖が秋葉郷(戸塚区)の地頭職を与えられたことと何等かの関係があるものと思われる。なお、この寺は「新編相模」にも「般若寺無量山と号す、古義真言宗、武州久良岐郡大田村東福寺末、弥陀を本尊とす。」と記載されているが、当寺書上帳によると、創建は文亀2年(1502年)とあり、この年代は隣接地の殿屋敷(地図4)で遺跡調査の際、発見された火葬墓から出土した副葬品とほぼ時を同じくしているので注目されている。



「こうなん道ばたの風土記」(改訂版)は「港南の歴史研究会」の編集により、平成11年10月に発行されたものです。

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