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歴史の散歩道 5-2

最終更新日 2018年7月13日

第五章 早駆けの道から永谷川に沿って

二 伊予殿根(いよとのね)

風土記マップ
拡大図(画像:86KB)

永谷天満宮の鳥居を出ると、西隣りに曹洞宗の天神山貞昌院天照寺(地図1)がある。創建は天正10年(1582年)領主宅間規富(上杉治部大輔)が戸塚区川上町の徳翁寺の四世文龍和尚を招請して建立したといわれ、それ以来天神社の別当寺となった。本尊は行基作という十一面観世音木坐像である。貞昌院から北へ100メートル程の所にある永野小学校周辺の地名を「伊予殿根」(地図2)という。

「新編相模」によれば「昔、天神神職、伊予というもの居住せし跡なれば此の称ありと云う」とあり、「永谷郷に居城し霊夢のお告げによって永谷天満宮を造営した」という藤原乗国の城跡はここ「伊予殿根」と「日本城郭体系」では推測している。そして乗国の子憲方が伊予を名乗ったため、「伊予殿根」の地名が起ったと考えられている。具体的な発掘調査もなく居館跡かどうかも不明である。しかし、馬蹄形の丘陵に囲まれて、南口が開き、前には水掘の役目を果たす永谷川(地図3)が流れる地形は、鎌倉期の城郭を想像させるものがある。

なお、「日本城郭体系」には「藤原乗国の創建した天満宮と貞昌院の丘陵地は、周辺に環濠を残し、頂点に削平地があって、城郭の遺構を残しており、宅間氏に関係する武将の居館であった可能性がある。」としているところから、宅間上杉氏は「伊予殿根」を日常の居館とし、天神山(地図4)を「詰の城」(戦闘用の本城)としたとも考えられる。また、永野小学校には、文和5年(北朝1356年)銘の板碑がある。付近には安永5年(1776年)銘の庚申塔(地図5)もある。



「こうなん道ばたの風土記」(改訂版)は「港南の歴史研究会」の編集により、平成11年10月に発行されたものです。

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