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歴史の散歩道 4-8

最終更新日 2018年7月13日

第四章 鎌倉下の道

八 迎陽(げいよう)トンネル

風土記マップ
拡大図(画像:84KB)

「野庭の今昔」には、その昔、上野庭から久良岐郡日下村(港南区日野・笹下方面)への道は幅狭く険阻な急坂(地図1)であったと記されているが、以前は野庭団地の南側から、山越えして鎌倉街道へ降りていく階段状(地図2)の坂道があったが、この道は住宅地造成などのため途中で失われている。元は、ここを「上野庭口」と称したが、ここでの往来は危険であり、また降雨時には使用不可能であったので、明治41年県道の拡張工事に合わせて、村民と野庭炭鉱の亜炭業者が協力して自然石にトンネルを掘り、迎陽トンネル(地図3)と名付けた。現在のように近代的な改修工事が完成したのは、昭和53年である。

また、「日本城郭体系」に「関城の本丸から西南約600メートルの位置に城の外郭と土塁(地図4)かと思われる遺構が、東西に長く500メートル程続いており、国境の古道は土塁と南北に交差していたことが明治16年(1883年)当時の図で知ることができる」とあるが、これは上野庭からトンネル入口付近の地形を指しているもので、土塁とはトンネルの入口の両側が丘のように高くなっている空堀状の道をいい、また国境の古道とはトンネルの上にある山の上を、南北に走って野庭表町公園(地図5)に達する細い小道をさしているものと思われる。

迎陽トンネルの武蔵側入り口付近の湧き水は有名であったが、近年水も少なくなりその跡だけが枯れ果てた姿を草むらに残しているのも哀れである。日野方面へ坂を降ると、「鎌倉街道」バス停藤が沢に近い角に、「のば口」(地図6)と記された道標を見ることができる。



「こうなん道ばたの風土記」(改訂版)は「港南の歴史研究会」の編集により、平成11年10月に発行されたものです。

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