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歴史の散歩道 4-6

最終更新日 2018年7月13日

第四章 鎌倉下の道

六 咳止め玄人坊(げんにゅうぼう)

風土記マップ
拡大図(画像:74KB)

浄念寺(地図7)の裏山、墓地の真向かいの窪地を、自生する山百合をいたわるようにして登ると、小さな祠(ほこら)がある。参拝すれば、咳が治ると人々から信じられている「咳止め玄入坊」の祠である。

「港南の歴史」959ページに収録された伝説によると、時代は不明であるが、上野庭村島田に玄入坊という旅の僧が通りかかった。たまたま咳で悶え苦しむ病人を見て、村人に土中に穴を掘らせ「中に入ったら一日三回水を流し込んで貰いたい」と遺言し、玄入坊自ら生き埋め(入定)となって、病人を救ったという。入定の地は、野庭団地の南の一角で、榊の根元に祠があった。団地造成の際、この場所から人骨が出たという。玄入坊の祠といわれているものは、その前の昭和6年に浄念寺の現在地に移されたもので、今でも参詣人があるという。

浄念寺の境内には、また北条時宗の「力石」と伝えられているものがある。重さは28貫(約100キログラム)あり、関城にあったもので鎌倉武士が実践さながらの鍛錬に使用したといわれている。「新編相模」によれば、浄念寺の開基は臼居木右衛門で、また隣りの野庭神社(地図9)も、元亀元年(1570年)に同じ臼居木右衛門が大和国吉野山から勧請したといわれている。その近くの竹林に「野庭学校跡」の説明文が上野庭町内会文化部によって立てられている。この付近は上野庭教育発祥の地であり、また、旧名主臼居氏宅も近いので上野庭の中心地として重要な所であったと思われる。



「こうなん道ばたの風土記」(改訂版)は「港南の歴史研究会」の編集により、平成11年10月に発行されたものです。

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