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歴史の散歩道 4-5

最終更新日 2019年3月4日

第四章 鎌倉下の道

五 荒畑寒村里親の家

風土記マップ
地図4,5,6,7,8

風土記マップ
地図1,2,3

北永作の信号から馬洗川の本流に沿って東西に向かう丸山台と野庭の境の「下の道」(地図1)は「鎌倉道は棒道(直線コース)だ。」という定説どおりの姿をしている。港南区内に限定していえば、鎌倉道は尾根道よりも、川沿いまたは川に雁行した道が多い。天谷大橋(地図2)の下を通り、人家もまばらになる辺り、戦前戦後にわたり社会主義思想家として活躍した荒畑寒村が里子として育てられた家がある(地図3)。明治20年(1887年)南区永楽町の仕出し屋に生まれた寒村は、里子となり、5歳で生家に引き取られた後も、里親恋しさに独り記憶をたどって野庭を訪れたという。

これから先、巨木におおわれた鎌倉古道の面影を残す小道があるが、道路建設のため近く姿を消すことになるのは残念である。ここ政所辺りは、市街化調整区域なので、川遊びをする子供の姿や、天然の蛍が見られる所でもある。

飯島城跡(地図4)を右手に見て、更に進むと三叉路に突当たる。正面の草むら(野庭町1707番地)に堅牢地神塔(地図5)と延宝6年(1678年)の庚申供養塔がある。近くには西長院跡(地図6)がある。延文6年(1361年)の板碑と苔に光る石段が廃寺を強く印象づけている。左手に道をとれば浄念寺(地図7)へ至る。右手に進む「下の道」は三叉路より数百メートル程先にあるお堂の中に磨耗している庚申塔(道標)(地図8)を見ることができる。この道は、小菅ヶ谷村を抜けて、いたち川を渡り、更には笠間から離山を抜けて鎌倉へと達していた。



「こうなん道ばたの風土記」(改訂版)は「港南の歴史研究会」の編集により、平成11年10月に発行されたものです。

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