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歴史の散歩道 4-3

最終更新日 2019年3月4日

第四章 鎌倉下の道

三 長屋門のある下野庭の里

風土記マップ
地図4

風土記マップ
地図1,2,3,5

馬洗川(地図1)の支流を遡るようにして歩みを進めて行くと、都会の喧騒とは別世界の緑の濃い下野庭の里へ入ることができる。ここにある(地図2)長屋門は、江戸末期の建築様式をしのばせるものである。門に向かう「かぎの手」形の道は邸を防御するためのものといわれ、長屋門に続く薬医門の構えや、更には邸内に植えられたウメ、カヤなどの古木のたたずまいは、ありし日の名主屋敷の面影を留めている。

そこを過ぎて、右手に橋を渡ると正応寺(地図3)の石段が見える。この寺にある「嘉暦4年(1329年)の板碑」は「新編相模」にも記され、また、横浜市登録文化財でもある。下野庭は関城から良(うしとら)の方角にあり、関城築城とほぼ時代を同じくする板碑があることからも、この地区は鬼門鎮護の重要地点であったとも考えられる。

更に進めば、神明社(地図4)の登り道に、右面に「ぐみやうじみち」、左面に「かまくらみち」、台座に「上のば村」と彫られた天明9年の庚申塔(道標)と地神塔を草むらの中に見付けることができる。この古道は関城の本丸付近から上野庭の浄念寺脇へと通じていた。また、正応寺の斜め前に、大北道(地図5)への分かれ道がある。この道は明治30年代に造られたものといわれているが、日野4丁目にある青面金剛塔と諏訪園碑の付近に通じていた。吉原側ではここを「下野庭口」と称していた。



「こうなん道ばたの風土記」(改訂版)は「港南の歴史研究会」の編集により、平成11年10月に発行されたものです。

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