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歴史の散歩道 3-6

最終更新日 2018年7月13日

第三章 日野川沿いの鎌倉古道

六 自性院(じしょういん)の勧九郎(かんくろう)地蔵

風土記マップ
拡大図(画像:78KB)

青木橋(地図1)から大きく道を高台の方にとると、大久保2丁目に高野山真言宗の自性院がある。山号寺号は大久保山地蔵寺である。本尊は高さ34センチメートルの厨子に入ったかわいらしい地蔵菩薩であり、創建・開山など、詳らかでない。青木神社、久保の権現堂などを別当した。

その自性院の境内に「勧九郎地蔵」(地図2)と呼ばれる石仏がある。万治3年(1660年)の銘年が刻まれるこの地蔵石仏は、もともとは自性院の寺領があった武相の国境、今の南区六ッ川との境に建てられていたとされているが、享和4年(1687年)にわけあって移されたものとされている。そして、もとこの地蔵のあった所には、かわりの地蔵と勧九郎地蔵の由来碑が立てられている。その由来によれば、その昔、勧九郎という歌舞伎役者(一説には金沢の薬売り)が、旅の途中、この坂で盗賊に襲われて殺害されたのを哀れと思い、村人が供養のためにこの地蔵を造立したと伝えられている。この地蔵の傍らにある標柱には「文化八年、地蔵大菩薩、願主武相国商人中」とあるので、その頃は商売をする人たちの信仰を集めていたと思われる。伝承ではそのころ、村に悪いはやり病が流行していたが、この地蔵さんに祈願すると、不思議なことに病はぴたりと治まったと言われている所から、いつしか深い村人の信仰を集めることになったという。なお、自性院の境内には安政6年の道標庚申塔及び寛文9年(1669年)の庚申塔など、多くの石仏があり、近世の交通史上、貴重な資料があるので注意したい。



「こうなん道ばたの風土記」(改訂版)は「港南の歴史研究会」の編集により、平成11年10月に発行されたものです。

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