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歴史の散歩道 3-3

最終更新日 2018年7月13日

第三章 日野川沿いの鎌倉古道

三 清水橋周辺の遺跡と浄岸寺(じょうがんじ)跡

風土記マップ
拡大図(画像:60KB)

清水橋の信号から200メートル程はなれた、日野九丁目2番山口氏宅地内に複合式奥室付き横穴墓(地図1)がある。それ以外にも、この周辺には横穴墓や鎌倉時代の「やぐら」があちこちに存在する。また、「新編武蔵」の金井村の項に「真南台(まんのみだい)、西方相州境にあり、村内第一の高山なり、織部屋敷(おりべやしき)又は古陣屋(こじんや)ともいう、鎌倉治世の頃は陣屋などありしところなるべし」(地図2)とあり、この真南台とは日野九丁目の高台あたりの住宅地を指し、「日本城郭体系」では鎌倉時代とのこの記述は誤りで、戦国時代に日野を知行地とした北条幻庵(げんあん)の代官屋敷があったと想定している。

更に、清水橋の十字路を上大岡方面へ進むと、左手に八体の地蔵や庚申塔が見られるが(地図3)、この一帯に浄岸寺という寺があったと伝えられ、奥に旧名主高梨氏の墓と数基の石仏が昔の姿を留めている。ここにある八体の地蔵のうち、外側の二体は次に述べる「厄よけ地蔵」(地図4)と共に小坪の分かれ道から移されたものである。「厄よけ地蔵」は昔、鎌倉道で追い剥ぎに殺された鮮魚行商人を供養するため造立されたのであるが、新道(現、鎌倉街道)ができてから往来が少なくなったので、人通りのある上野庭口の三叉路へ村人が移した。その後宅造などにより合計6回も移転し、今は、日野八丁目十六番にある堂内に寂しく置かれている。地元の有志達が元の所へ帰したいと運動しているとの話もある。



「こうなん道ばたの風土記」(改訂版)は「港南の歴史研究会」の編集により、平成11年10月に発行されたものです。

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