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歴史の散歩道 2-8

最終更新日 2018年7月13日

第二章 日野道から峰の道を尋ねて

八 徳恩寺と長屋式山門

風土記マップ
拡大図(画像:91KB)

春日神社の隣にあるのが、寺院には珍しい長屋門をもった真言宗の徳恩寺(地図2)である。前に述べた春日神社の記録によると、尋清が初めに、堂宇を造営した時、国守藤原成実は多くの寺々に懇請して、弘法大師・恵心僧都・行基・伝教大師・智證大師がそれぞれ造ったと伝えられる五霊像をここに安置し、真如坊とした。五霊像の中でも地蔵菩薩は平国香(たいらのくにか)(平将門の伯父)が護持したものと伝えられ、現在の徳恩寺の本尊でもある。ついで、正覚坊などの六坊を建て、大いに興隆した。長治元年(1104年)左大臣源俊房自筆の「徳恩寺」という額が贈られ、以後真如坊は徳恩寺という寺号を称したと伝えられる。しかしその後、正慶2年(1333年)には新田義貞の鎌倉攻めのため春日神社ともども戦乱に巻きこまれて、焼失するなど幾度かの火災にあっている。現在の長屋門は安政7年(1860年)に建築したもので、客殿・庫裏(くり)は昭和45年に改築した。

徳恩寺を出てしばらく日野川支流に沿ってさかのぼり、兎橋を左に曲がり、道なりに進むとかつて「兎谷(うさぎや)」(地図3)とよばれたところで、ここには新宮十郎源行家の従者たちの子孫と称する人が住んでおり、伝承にふさわしい隠れ里のような風景があったが、今は宅地になっている。更に、日野川支流に沿って進むと、左手にこんもりした樹木に囲まれた旧宮下村の共同墓にたどりつく。ここには寛永18年(1641年)及び慶安2年(1649年)に建てられた宝篋印塔(ほうきょういんとう)があり、その脇に女人如意観音が寂しげに並んでいる。これを見ると苦労に満ちた江戸時代の女性の日々を思い、悲しい気持ちにさせられる。



「こうなん道ばたの風土記」(改訂版)は「港南の歴史研究会」の編集により、平成11年10月に発行されたものです。

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