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歴史の散歩道 2-2

最終更新日 2018年7月13日

第二章 日野道から峰の道を尋ねて

二 中登台(なかとだい)と松本城

風土記マップ
拡大図(画像:79KB)

桜道をしばらく登っていくと笹下中学校があり、その正門に向かう道の右側に元文2年(1737年)に建立された庚申塔(地図6)が安置されている。正面前の道を道なりに進むと、右手に天照大神宮(地図7)がある。オオヒルメムチを祭るこの神社の創立年代ははっきりしていないが、伝えによると天正年間(16世紀末)以前といわれ、その昔は笹下郷の総社であったという。

「日本書紀」安閑天皇元年(534年)の条に、「武蔵野国造の地位をめぐって、笠原直使主と子杵(おき)が争った時、朝廷の授けをえて使主が国造の地位を確保した」と記されている。そして、使主は朝廷にお礼として4か所の地域を屯倉(みやけ)として、献上した。その一つが倉樔(くらす・久良岐)の地である。「新編武蔵」に「この地より布目のある古い瓦を掘り出したことがある。」とあり、この中登台に久良岐郡の郡衙(ぐんが・郡の役所)がおかれたという説もある。

16世紀中頃、「新編武蔵」によると、「昔、間宮豊前守がこの辺に城をつくり、役所を設けて税を取り集めた。」と記している。笹下川と日野川にはさまれた高台のこの地は、中世の城砦として恰好の場であったので、この城を松本城とし、関の打出を松本城の大手(地図7)とする説もある。また、桜道の高台一帯を陣台(じんがだい)と呼んでいるが、「新編武蔵」には「昔、戦争の時ここを陣所としたので、この地名が残った」と記している。ここにある陣が塚は中世の物見塚であったとも考えられる。



「こうなん道ばたの風土記」(改訂版)は「港南の歴史研究会」の編集により、平成11年10月に発行されたものです。

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