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歴史の散歩道 2-1

最終更新日 2018年7月13日

第二章 日野道から峰の道を尋ねて

一 港南の桜

風土記マップ
拡大図(画像:79KB)

港南区総合庁舎の西50メートル先に「桜道入口」(地図1)と表示された信号がある。ここからの坂道は地元の人々によって造られ、守られてきた、名所港南の桜道(地図2)である。

日野公園墓地が造られると決まった昭和6年、参道にあたる土地所有者で、昭和会という親睦会に入っていた15軒の農家の人々は、相談して現在の桜道にあたる1200メートルと、関坂(地図3)にあたる700メートルの道路分を公園墓地用として寄付した。公園墓地が開園した昭和8年、笹下町の青年団の人達がソメイヨシノの苗木250本をこの道に植え付けたが、苗木を求めて植木どころの埼玉県まで出かけたが入手できなかったことなど苦労のあったことも忘れられない。この桜も第二次世界大戦中は燃料として伐採されそうになったり、戦後は日照権問題で苦情があったりもしたが、地元の昭和会や青年団などの努力によって、なんとか保存されてきた。しかし、現在病虫害や車の排気ガスによって、80本位しか残っていないという。地元町内会では、「港南桜まつり」を行い、より多くの人に親しまれるよう努めており、昭和53年には桜道と関坂の交差点の一角に、関東大震災でくずれた天照大神宮の鳥居を利用し、「横浜名所・港南の桜」(地図4)と刻んだ円柱の記念碑を建てた。更に翌年には「桜並木保存会」を結成して港南の桜を守っていくこととなった。

桜道入口を150メートル位のぼると、ライネスハイムの前の角地に元禄10年(1697年)の銘がある庚申塔(地図5)がある。この庚申塔に刻まれているのは、珍しいことに阿弥陀如来像である。また、その斜め前の家の庭に「松本村字中丸 嘉永6年(1853年)」と刻まれた道祖神が安置されていて、桜道を横切る古道が昔を忍ばせていたが、この道祖神は工事で移されてしまった。



「こうなん道ばたの風土記」(改訂版)は「港南の歴史研究会」の編集により、平成11年10月に発行されたものです。

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