このページの先頭です

歴史の散歩道 1-1

最終更新日 2018年7月12日

第一章 金沢道と森・杉田道周辺

一 森・杉田道の石仏

風土記マップ
拡大図(画像:83KB)

上大岡駅東口を出ると、南北に走る道がある。この森・杉田道(地図1)は、前述の「金沢道」が保土ヶ谷から井土ヶ谷・弘明寺、更に笹下へと走るコースに対して、最戸橋で東へわかれ、駅の東口の山根地帯を走って、一方は森ヶ丘に向かい、他方は鹿島神社付近から金沢道へと合流する道筋である。これを示すものとしては、最戸橋から五〇メートル程の上大岡西一丁目四番の空地(地図2)に「左かねさわ」の刻字も判然としない庚申塔と地蔵菩薩立像が存在していた。この立像は、信者が塩とたわしで洗い清めて願い事をしたため、石仏が磨耗してしまっていたが、周辺再開発工事で今は惜しくも行方不明。また、講中もなくなった。

この旧道の傍らに地蔵堂があった。京浜急行上大岡駅ができた時、この地蔵堂の敷地は買収されて、駅東口の上大岡東一丁目一一番の榎の大木(地図3)の根元に桐が移された。ここに、明治二三年の道祖神・子育地蔵菩薩立像・明治三五年の神桐(稲荷社)・貞亨元年の庚申塔・大正五年の馬頭観音塔・天保十四年の馬頭観音塔・昭和一〇年の石段築造碑等が立っている。特に、貞亨元年(一六八四)と銘のあるのは、上大岡村の歴史の古さについて、あれこれと考えさせられる。

この道は、かつては文人墨客が杉田の梅林、金沢の勝景を求めて往来したと伝えられている。定められた日に講中によって花を手向けられ、法衣を着せ供養されているこれら石仏たちは、近代化へと変貌した上大岡の街と、忙しげに往来する車や人の波を何と見ているであろうか。



「こうなん道ばたの風土記」(改訂版)は「港南の歴史研究会」の編集により、平成11年10月に発行されたものです。
※原文の記載通りに掲載しています。

このページへのお問合せ

港南区総務部区政推進課

電話:045-847-8321

電話:045-847-8321

ファクス:045-846-2483

メールアドレス:kn-kusei@city.yokohama.jp

前のページに戻る

ページID:485-827-093

先頭に戻る