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歴史年表 大正 昭和

最終更新日 2019年3月14日

港南区の歴史 年表

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年表

港南区のあゆみ あらまし

江戸時代から明治時代|大正時代から昭和19年|昭和20年から44年
港南区誕生(昭和44年)からの昭和時代平成元年から現在

年表
港南区横浜市
1913年(大正2年)なし町に電灯がつき始める。なしなし
1922年(大正11年)なし上大岡駅前の鎌倉街道沿いに水道が敷かれる。

芹が谷の水道橋
芹が谷の水道橋。写真は昭和34年当時。今は自動車がひっきりなしに通る汐見台平戸線も、ご覧の通りのデコボコ道。バス開通は38年、舗装は41年のこと。

なしなし
1923年(大正12年)9月関東大震災で大きな被害を受ける。なしなし
1927年(昭和2年)4月第3次市域拡張で、久良岐郡日下村・大岡川村が横浜市に編入。1927年人口50万人突破
区制施行(鶴見区・神奈川区・中区・保土ケ谷区・磯子区)
10月区制施行に伴い、日下村・大岡川村は中区に編入。中区上大岡町・笹下町・日野町・最戸町・大久保町と改称。
なしなし
1928年(昭和3年)なし弘明寺から日野町までの間に市営バスが運転開始。1928年市営バス運転開始
1930年(昭和5年)4月湘南電気鉄道(現:京浜急行電鉄)が黄金町から浦賀までの間に開通。上大岡駅開設。

昭和36年ごろの上大岡駅
昭和36年ごろの上大岡駅。戦後の闇市から発展した箱根通り(現在の中央商店街)が駅から続いていた。

1930年山下公園開園
1933年(昭和8年)4月日野共葬墓地(現:日野公園墓地)開設なしなし
1936年(昭和11年)5月横浜刑務所が根岸から現在地(港南四丁目)に移転。

刑務所
完成時の横浜刑務所。正門には鉄扉、鉄柵もなく、玄関前の泉では大理石上のブロンズの熊の口元から絶えず放水しており、通行人は高等女学校かと見間違うような当世風の建物だった。

1939年区新設(港北区、戸塚区)
1942年人口100万人突破
10月第4次市域拡張で、鎌倉郡永野村は中区に編入。中区上永谷町・下永谷町・野庭町と改称。
1943年(昭和18年)12月中区の一部56か町の区域を南区として新設。1943年区新設(南区)
1945年(昭和20年)5月横浜大空襲。(港南区は空襲を免れる)1945年横浜大空襲で市街地の44%に被害。市の中心部・港湾など土地・建物の接収。
1948年区新設(金沢区)
1950年(昭和25年)12月南区役所港南出張所開設。
(管轄内の世帯数3,990戸、人口19,748人)
1951年横浜港の管理権が国から市に移行、再び人口100万人突破
1953年(昭和28年)11月神奈川県戦没者慰霊堂、講和条約締結記念事業として建立。1956年政令指定都市となる
1957年(昭和32年)なし市営バスが野庭口から横浜までの間を運行。

昭和30年ごろ 最戸橋近くの大岡川
昭和30年ごろ最戸橋近くの大岡川。ハヤやウナギを獲ったり、こんな樽舟に乗ったり、子どもたちは元気に水遊びをしていた。

なしなし
1964年(昭和39年)4月港南出張所が港南支所に。1964年東海道新幹線開通、新横浜駅開業
1968年人口200万人突破

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港南のあゆみ あらましは港南区の歴史のページをご覧ください。

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メールアドレス:kn-kusei@city.yokohama.jp

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