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八幡神社と和泉の遺跡

最終更新日 2019年3月4日

泉区の中心として開発が進む和泉地区

2.八幡(はちまん)神社と和泉の遺跡

八幡神社
八幡神社(平成8年8月焼失)

相模鉄道線のいずみ野駅から、桜で有名な商店街を松陽高校方面に向い、上飯田団地に通ずる「まてば椎通り」を和泉川の方に下ると、橋の手前に八幡山公園があり、その南側に八幡神社がある。

和泉川沿いの上和泉、主水分(もんとぶん)に昔から住む二十三軒の氏子が維持管理する鎮守さまで、祭神は八幡神社共通の応神天皇である。

この神社がいつごろここにお祀りされたかは不明であるが、享保十三年(一七二八)に社殿を再興したとの棟札が残されているのでそれ以前の勧請(かんじょう)であろう。

この神社の呼び名を昔から「織部(おりべ)八幡」といっており、元亀(げんき)年間(一五七〇~三)に、汲沢の郷士、森織部義秀が勧請したと伝承されている。

神社名に「織部」を冠していることや元亀年間勧請という伝承から、汲沢の森織部義秀と上和泉の関係を推察してみると、徳川家康が秀吉より関八州を受領する以前から上和泉を領していた森織部義秀は、何かの理由があって天正期に徳川への領地移譲ができなかったのだろうか。

何があったのかそれを知るための史料も証拠も全くないが、この領地移譲が遅れたために、中田や飯田に比して三十五年も遅れた寛永二年(一六二五)十二月に、徳川家康とは血縁的にも深い関係にある、いわば身内の能見(のみ)松平家に和泉采地の決定がなされたと推察する。

森織部義秀の後裔である繁春が、明治十三年(一八八○)に書き記した『汲沢往来』の森家の項に、「寛文年中、松平氏より和泉田地十三石拝領」と記されている。

遅れた領地移譲からまた三十六年も経った寛文年中に、森家が改めて「和泉田地十三石」を領主の松平家から拝領したと考えれば、「織部八幡」の伝承や元亀年間勧請説が頷(うなづ)ける。

現在この神社の境内地は、いずみ野住宅地より一段低い所になってしまったが、住宅が開発される前は主水分(もんとぶん)集落の一番上手の、和泉川に面したなだらかで豊かな森を背景に持つ丘陵の末端に鎮座していた。現在の社殿は大正六年(一九一七)十月、当時の氏子によって建立された。境内にはお宮には珍しい鐘楼(しょうろう)がある。

この神社の境内からは、今から一万二~三千年前の先土器時代の遺物で、食物を焼くのに用いられた「礫群(れきぐん)」というこぶし大の小石や石斧が多数発見された。また並木谷戸(なみきやと)の正法寺(しょうほうじ)の北側丘陵からは数基の横穴古墳が発見されたが、開発された現在ではその位置を確認することはできない。

また泉警察署建設時に埋蔵文化財の発掘調査を行った結果、縄文時代中期の栗の木の柱を使った竪穴住居跡が十数基発見された。これに因(ちな)んで泉警察署のロビーの正面に、古代人の住居跡をデザインした立派なオブジェが飾られている。

和泉地域ではこれらの遺跡以外に、先住民の残した遺物が各地で発見されているが、相模鉄道線や市営地下鉄線敷設に伴う調査で重要な遺跡や遺物が発見された。

昭和六十二年から平成元年にかけて、相模鉄道線の延伸区域である上和泉左婆神社南東の軌道予定地周辺の埋蔵文化財発掘調査を行った結果、遺構として古墳時代後期竪穴住居址四軒、平安時代竪穴住居址二軒、中世のものと思われる溝状遺構三条、道路状遺構一条、古墳時代後期の鬼高期土器、平安時代土師器(はじき)、須恵器が発見された。

また市営地下鉄延伸工事区間の和泉高校東側の丘陵上や、中之宮左馬神社の酉側のたつ道沿い等から、縄文中期、弥生後期、古墳時代の遺物や古代・中世の道路遺構が発見されている。(鎌倉への道「かまくら道」 参照

発掘調査は現在も行われており、正式な調査結果の発表はこれからであるが、この丘陵上には古代遺跡以外に平安から鎌倉、或いは南北朝時代以降の遺構群の存在も予想されて興味深い。

既に調査結果が発表された上和泉左婆神社周辺の発掘調査団のまとめとして、この和泉町、上飯田、下飯田町境の台地上全域に重要な遺構群の存在が予想され、今後一層慎重な調査が必要であろうと結んでいる。

他地域の遺跡については、区内の主な先史時代遺跡一覧表を参照されたい。
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平成8年11月3日発行
泉区制十周年記念出版
いずみ いまむかし
-泉区小史- より



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