調査季報179号 特集:男女共同参画によって実現する女性活躍社会 横浜市政策局政策課 平成29年2月発行 ≪4≫女性の暮らしを支えるセーフティネット~自立支援の視点から ②横浜における女性の就労支援の取組1988~2016~自立支援の視点から 公益財団法人横浜市男女共同参画推進協会 納米 恵美子 小園 弥生 1 総合職女性の働きづらさとシングルマザーの貧困は別個の問題か?  第4次横浜市男女共同参画行動計画(以下、「行動計画」)は、「取組分野Ⅰあらゆる分野における女性の活躍」「重点分野Ⅰ働きたい・働き続けたい女性への就業等支援」、「取組分野Ⅱ安全・安心な暮らしの実現」「重点分野Ⅱ困難な立場にある男女への支援」という構成となっている。「女性活躍」と対置して語られることが多い「困難な状況にある女性への支援」だが、果たしてこの二つは別個の問題、「あれも、これも」という問題なのか。  「女性活躍」という語に何が込められているのか、女性の管理職が増えることなのか、いったん就労を中断した女性が再就職することなのか。  「女性活躍」という言葉は、コンテクストによって異なる意味内容が込められているので整理がしにくいのだが、これらすべてを含む意味内容において、女性が活躍できていない問題と、シングルマザーが貧困にあえぐ問題は、同じ社会構造の別の側面を表しているのであって、二つの別々の問題ではない。 「女性活躍」をめぐる問題状況について見てみよう。昨今、女性の活躍にマイナスに働く問題として「マミートラック」(育児休業明けの女性が、定型的業務や補助的業務など負荷が比較的軽い仕事を割り振られ、結果として昇進・昇格が遅れる)が指摘されている。2014年に出版された『「育休世代」のジレンマ女性活用はなぜ失敗するのか?』(中野円佳著、光文社新書)は、育児休業制度が整った職場で総合職として働いていた女性が、育児休業からの復帰後に負荷が軽減された仕事にやりがいを見出せずに思い悩み、辞めていく姿を描き、その背後にある社会構造の問題をあぶりだした。本書の著者は大手新聞社の記者だったが、自身は育休からの復帰後に、自分で納得がいく仕事をしつつ子どもとの時間を確保して働き続けるというキャリアの展望が描けず、退職を選択したという。家事、育児負担を主に担いながら働き続けようとすれば、仕事に割ける時間が限られることは容易に想像できる。  次に、ひとり親家庭の状況について考えてみよう。ひとり親家庭のなかで母子家庭の経済的困難については多くの指摘がなされている。「横浜市ひとり親家庭自立支援計画(平成25年度~平成29年度)」には、「児童のいる世帯」全体の稼働収入が588万円であるのに対して、横浜市の母子家庭の稼働収入は263万円、父子家庭の稼働収入は平均543万円だったとの平成23年度国民生活基礎調査の結果が記されている。なぜ、父子家庭の平均稼働収入は「児童のいる世帯」全体の平均を下回るのか?それは家事・育児・介護を主として担ってくれる人が家庭にいないからという事情に行きつく。  働き方をめぐる問題は、実は労働の場以外の諸事情である、家事や育児や介護などに係る責任の担い方との兼ね合いによって左右されている。つまり、総合職で働く女性のキャリア形成の難しさも、ひとり親の稼働収入が全体平均を下回ることも、同じ問題に端を発している。母子家庭の経済的困難は、もともと主たる生計の支え手とは考えられてこなかった女性が、家事や育児や介護を担いつつ、生計維持に足る稼働収入を得ることの難しさだと言える。  平成27年12月25日に閣議決定された国の第4次男女共同参画基本計画は、「政策領域Ⅰあらゆる分野における女性の活躍」の冒頭に、「第1分野男性中心型労働慣行等の変革と女性の活躍」を掲げている。変革されるべき「男性中心型労働慣行等」とは何か。それは、これまでデフォルトとされてきた、家事や育児や介護への主たる責任を負わない働き手による、長時間労働も厭わない働き方のことだ。「男性中心型労働慣行等」は、一方で職業上の達成と家庭的責任の両立を阻み、他方で家計補助的に働くものとされる女性たちの低賃金を生んできた。結果として、シングルマザーや、非正規職で働くシングル女性など、自らが生計維持者である女性たちの経済的困難を生む要因ともなってきた。 2 女性の就労をめぐって(公財)横浜市男女共同参画推進協会が社会化してきた問題群と事業展開  (公財)横浜市男女共同参画推進協会(以下、「協会」)では、(財)横浜市女性協会として発足し施設運営(注1)を開始した1988年から女性の就業支援事業に取り組んできた。ここでは社会的経済的に困難を抱えた層とみられる女性を対象とした事業を中心に述べる。 ①再就職への支援  1980年代半ばに横浜市が行った市民女性のニーズ調査において、他の政令指定都市に比べて子育て期の女性就業率が顕著に低いことがわかった。この結果を受け、協会では当初より女性の就業支援を柱の事業としてきた。1980年代にフランスのルトラヴァイエ協会まで出かけて女性向けプログラムを輸入し、手直しした「再就職準備講座ルトラヴァイエ」からスタートした就業支援事業。それから30年の間、社会経済状況の変化の中で新たな課題を発見し、対象層を見直しつつ、展開してきた。  当時は、「女性の自立」が声高に叫ばれた時代だった。協会では当初から、女性が「個」として精神的にも自立して生きていくためには経済的自立が大切だという考え方をとっていた。「再就職準備講座ルトラヴァイエ」は1988年の開講当時、ほとんどの受講者が専業主婦で、「家族の理解」がなければ再就職に踏み出しがたい困難さが語られていた。女性が家事、育児を主に担うことが当然視されていた時代。働きたい、家庭の外に自分の力を発揮できる場がほしいと24人の定員枠に何倍もの女性たちが応募し、面接・選考が行われたと聞いている。当時は講座に保育が付いていることさえ珍しく、「子どもを預けて女の人が勉強や仕事をするなんて」という風潮だったと保育スタッフは振りかえる。通勤の実地訓練も兼ねて週6日、毎日朝9時半に開講し、ワープロ講習も含めれば1か月以上にわたる長丁場の講座だった。プログラムは〔自分を知る〕→〔社会を知る〕→〔自分で決める〕となっており、受講期間中、一人ひとりが話す時間が毎日設けられており、お互いに深く知り合い、グループ・ダイナミクス(注2)を醸成していく講座であった(注3)。  この講座は2015年までの28年間に63期までを開催。修了者の会では広報紙も自主的に発行され、多分野で働く修了者が後輩を応援するというコミュニティが今も形を変えて存在している。  現在、横浜市男女共同参画センター3館で実施している「女性としごと応援デスク」には、就労と生活課題のすり合わせや家族との関係調整などにまつわるさまざまな悩みが寄せられている。21世紀になっても、女性が働こうとするときに直面する問題は、大きく変わってはいない。 ②女性の経済的基盤の脆弱性―シングルマザーへの支援  フォーラム相談室で1998年に開始した「女性への暴力」の相談には、パートナーからの暴力に悩みながら、別れをためらう女性たちの声が寄せられてきた。 DVを受けている女性の中には、パートナーから働くことを禁じられている場合もある。暴力を受けながら婚姻関係に留まるか、経済的な困難も覚悟の上で離別を選択するか、経済的な基盤の脆弱さが女性に厳しい選択を迫る結果となっている状況は今も変わらない。  2000年以降の就職氷河期、女性の就業環境はいっそう厳しくなった。再就職準備講座にもDV被害を受けて離婚を考えている女性や離婚後の子どもを抱えた女性、あるいは子のいないシングルの女性等が一定の割合で参加するようになっていた。このころ、ひとり親の母向けの就労支援セミナー等を協会が神奈川県・横浜市等自治体から毎年受託するようになった背景には、2003年の改定児童扶養手当法によってひとり親の就労・自立促進が強化されたことがあった。2000年代半ばのこの時期、他団体、企業との連携も増えてきた。たとえばIT企業からの助成金を受けて無料で女性のパソコ ン講座や就労応援フェアを数多く行い、労働局からの「母子家庭の母等のための公共職業訓練」などもプログラムを新規に立案し、2010年、2011年と受託した。  シングルマザー支援事業で垣間見えたのは、女性たちの暮らしの厳しい現実だった。がんばって正規雇用になった女性には、仕事も育児もの過重労働のせいか、1、2年たって身体をこわす人もいた。非正規雇用をかけ持ちして働いても、稼働収入だけで生計を維持していくことは難しかった。女性たちは子どもたちとゆっくりかかわる時間をもちづらいことに罪悪感すら抱く状況に置かれていた。 ③世代への着目―若い女性への支援  次に着目したのが15歳から39歳までの「若年無業女性」を対象とした支援であった。若者就労支援は2000年代半ばから国によって始まったが、「ニート・ひきこもり」といわれる主に男性の就労促進という社会的要請に基づいていた。女性は「家事手伝い」とされ、国の無業者の統計からも落ちこぼれていた。結婚までは父親に扶養され、その後は、いずれ結婚してパートナーに扶養されればよいという社会通念は根強く、働きづらさに悩む若い女性たちの存在は顕在化していなかった。協会では、若い女性たちへの支援が必要だと考え、2008年に実施した調査(注4)に基づき、プログラム開発を行った。  当協会が行った調査では、よこはま若者サポートステーションの利用者も7対3で男性が多数を占めていること、女性たちは女性であるがゆえの重層的な困難をかかえていることがわかった。そこで女性に特化した支援として立ち上げたのが「ガールズ編しごと準備講座」(2009年~)、「就労体験めぐカフェ」(2010年~)等の事業であった(注5)。  しごと準備講座は週に3回、全11日間。履歴書や面接練習のような就労セミナーとは異なり、からだや心をほぐすプログラムから入って自分や人への信頼感を醸成していくことに主眼を置いている。  プログラム構成は、前述の再就職準備講座の特長であったグループ・ダイナミクスを最大限活用して立案したものである。孤立していた人が集まり、悩んでいるのは自分だけではないことを知る。安心・安全な場をつくる中で自分を語り、支援機関等の情報を得て人や社会とのつながりを模索する。講座後、各人がどのように小さなチャレンジをし、人との新たな関係をつくり、自分なりの模索を持続していけるかが鍵である。そのため、協会では修了後もボランティアの情報などをメルマガで配信し、ゆるやかなコミュニティを継続している。しごと準備講座修了後、なかなか就職活動に向かえない困難があったことから、就労体験の場として男女共同参画センター横浜南に「めぐカフェ」を開設した。ここでは最初に日間(週2日×5週)の社会参加スキルの実習をし、次にカフェ現場での20日間(週2日×10週間、手当あり)の実習を労働契約ではなく中間的就労として行っている。数年たち、支援修了者の約半数がなんらかの就労を果たしていることが追跡調査等から明らかになってきた。 自立とは経済的に稼げるようになることだけではなく、さまざまな社会資源を知り情報を得、それらを組み合わせて活用すべく、困ったときに人にヘルプを求められることではないか。そのように考え、一人ひとりの多様な自立、選択をサポートしている。 さらに労働市場の変化を受け、2014年度から始めたのが、非正規職で働くシングル女性の社会的支援に向けた取組である。2014年度、2015年度と2年間にわたって協会はまず調査を行った(注6)。調査からは、非正規雇用で働く壮年シングル女性の二大困難として、〝低収入”と〝雇用継続への不安”が浮かび上がった。当事者が望むことは支援以前に、シングル女性に不平等・不利益をもたらしている社会の風潮や税制、社会保険等を含む制度の改革であった。ここに詳述する紙数はないので調査報告書をお読みいただきたい。 「男性稼ぎ主モデル」が崩壊しつつあるにもかかわらず、夫婦を単位として女性の労働を家計補助的なものとみなすことに由来する非正規労働の低賃金は、女性の経済的基盤の脆弱性を生み出し続けている。そして、その状況で不利益を被っているのが非正規で働くシングルの壮年女性であり、その数が年々増加しているため、社会的支援が必要と考えている。非正規職で働く壮年シングル女性を対象とした支援プログラムは現在試行中である。 3 まとめに代えて  以上見てきたように、協会では対象層を見直しつつ、就業支援事業を再編してきた。担当職員もまたそれぞれ生活を選び直すための再就職、あるいは就職氷河期の経験など、当事者性を持っていた。あわせて、この30年一貫して、悩める当事者の知恵のわかちあいである「自助グループ」の活動を大切にし、場を提供してきた。年間のべ数千人が現在3館で約40の自助グループに集う、人々との交流の中で気づかされることも多かった。  かつて女性センター等が就労支援の対象としてきたのは、図1で右上に位置する比較的経済的に余裕があり、働いている・働ける女性たちであることが多かった。が、社会状況は激変し、格差が進む中で女性もまた立場によりさまざまに困難な状況をかかえ、暮らすことを余儀なくされている。  本来、働けないという状況に対処するのは福祉の役割だろう。しかし、現在では住宅や社会保障をも射程に入れた、福祉と就労をつなぐセーフティネットが社会的に整備されなければ生き延びることが困難な人々が増えている。経済的に苦しい状況の中で働きたいと願う女性たちへの、よりいっそう細やかな支援が求められている。  加えて、問題を発生させてしまう社会構造、性別によって異なった役割を振り分けられ、それに合致しないと生きづらい事情が発生してしまう状況に目を向けて、問題提起を行い続けてきたのがこれまで協会が果たしてきた役割だったと振り返ることができる。なぜ、女性が社会的弱者の立場に置かれてしまうのかについての視点がなければ、暮らしを支えるセーフティネットも、自立支援も、必要としているのは女性だけではないという異論反論に容易に回収されてしまうだろう。  女性活躍推進か、困難な状況にある女性支援かという二分法に引き裂かれて女性の階層化に与することなく、男女共同参画社会を実現していくことが目指すべき方向ではないかと考えている。 注1 1988年横浜女性フォーラム(現男女 共同参画センター横浜)開館。1993年フォーラムよこはま開館(2005年閉館)。2005年男女共同参画センター横浜北開館、同年男女共同参画センター横浜南は横浜市婦人会館を改称。2017年現在、男女共同参画センター横浜(戸塚区)・横浜南(南区)・横浜北(青葉区)の3館を指定管理者として管理運営している。 注2 同じ立場と目的をもつグループのなかでほ かのメンバーとかかわることで人の役に立つ経験や対人スキルの練習ができる、自分の状況を相対化できる、ありのままの自分でいられる安心感と支え合いの関係が生まれる、などの効果がある。 注3 「再就職準備講座ルトラヴァイエの実践 困難な状況にある女性の自己決定を支える」(小園弥生、2005年『国立女性教育会館研究紀要』№9所収、ウェブで公開) 注4 『若年女性無業者の自立支援に向けた 生活状況調査報告書』(2008年、ウェブで公開) 注5 『ガールズ自立支援ハンドブック』(当協会編 、2013年、全国女性会館協議会)専用サイト〔ガールズサポート〕も参照。 注6 『非正規で働くシングル女性のニーズ・ 課題に関するヒアリング調査報告書』(2015年、結果要約をウェブで公開) 『非正規職シングル女性の社会的支援に  向けたニーズ調査報告書』(2016年、概要版・全体版をウェブで公開)