調査季報179号 特集:男女共同参画によって実現する女性活躍社会 横浜市政策局政策課 平成29年2月発行 ≪4≫女性の暮らしを支えるセーフティネット~自立支援の視点から ①困難を抱える女性への支援~自立支援の視点から 森兼 亜紀子 こども青少年局こども家庭課児童虐待・DV対策担当係長 八木 慶子 こども青少年局こども家庭課こども家庭係長 1 はじめに  いきさつは様々だが、ひとり親となり、子育てと生計の担い手の役割を一人で担いながら、日々頑張っている女性たちがいる。多忙な中でも両者の役割を果たそうと、ときには周囲のサポートを受けながら経済的にも精神的も自立し、安定した生活を送り、子どももしっかり育っている家庭も多くいる。 一方で、そうした時間的・経済的な余裕がない中で、子育てと生計維持のための就労の負担の重さから、親自身が心身の健康を損ねたり、そのことによる収入減少から家庭全体が生活困窮に陥りやすいリスクを抱えているひとり親家庭もある。  また、中には、DV(注1)の被害によりひとり親家庭となっている場合、安心・安全に生活するための支援を要することもある。 ここでは、そういった困難な状況に置かれた女性たちへの支援の現状の取組、支援の必要性等について述べていきたい。 2 横浜市の現状の取組  横浜市では、「横浜市中期4か年計画2014―2017」、「横浜市子ども・子育て支援事業計画~子どもみんなが主役!よこはまわくわくプラン」及び「第4次横浜市男女共同参画行動計画」において、「ひとり親家庭の自立支援」「DV防止、DV被害者の自立に向けた支援」を基本政策等に位置づけ、様々な取組を展開している。 ①ひとり親家庭への自立支援策  「母子及び父子並びに寡婦福祉法」は、ひとり親家庭で育つ「児童が、その置かれている環境にかかわらず、心身ともに健やかに育成されるため」その生活の安定と向上のために必要な相談や支援を行い、母子家庭等の福祉を図ることを目的としている。 この法律に基づき、横浜市ではひとり親家庭に向けた施策を切れ目なく総合的に展開するため「横浜市ひとり親家庭自立支援計画」を策定している。  この計画では、ひとり親家庭の自立した生活のためには、親が安定した仕事に就くことがまずは必要であることから、就労支援や就職に有利な資格取得の支援など就業支援を基本としつつ、ひとり親家庭に対する子育てや生活支援、子どもへのサポートなど、総合的な自立支援を行うこととしている。 ア 母子家庭等就業・自立センター事業  横浜市では、「ひとり親サポートよこはま(母子家庭等就業・自立支援センター)」の就労支援員が区役所に赴き、就労相談を行うともに、一人ひとりの状況に応じたマンツーマンでの支援を行っている。 イ 安定した就労のための資格取得や就業の支援  介護ヘルパーなど適職に就くために必要な資格を取得するための講座の受講費用の一部助成や,看護師等の資格を取得するため養成機関で修業する期間の生活費等を支給している。母子家庭の母が技能を習得することにより、安定した就労が継続できることは、暮らしの安定と自立につながる効果が期待できる。  また、横浜市では、神奈川労働局と協定を締結し、連携して、各区役所に「ジョブスポット」を設置し、生活保護受給者・生活困窮者・ひとり親家庭の方を対象に区役所の福祉部門とハローワークとの一体的な就労支援を実施しており、より身近な場所で、就労相談、求人情報を提供できるようになっている。 ウ 子育てや生活支援  病気や就職活動等により、一時的に家事育児に困ったとき、日常生活のお手伝いをするヘルパー等を派遣する日常生活支援事業や、保育所への優先入所制度、市営住宅の申し込み時の当選率を優遇し入居しやすくするなど、ひとり親家庭が安心して子育てと就業の両立ができるよう様々な支援を展開している。  また、様々な事情から支援を必要としている母子家庭が入所する、母子生活支援施設では、自立に向け、日常生活や就労・子育ての支援等を行っている。 エ 経済的な支援  経済的に厳しい状況に置かれているひとり親家庭に対し、児童扶養手当、児童手当、ひとり親家庭等医療費助成の制度などがある。 また、子どもの就学等により資金が必要な場合は、福祉資金貸付により支援し、現状の生計維持と将来的な自立につなげている。さらに、横浜市の独自事業として、市内バス、市営地下鉄、金沢シーサイドラインを対象として福祉特別乗車券を交付し、経済的負担の軽減を図っている。 オ 相談、情報提供  前述の「ひとり親サポートよこはま」では、ひとり親家庭への総合的な窓口として、電話相談、弁護士等による専門相談や情報提供などを行っている。 また当事者同士の交流や親の学びの場として、サロンやセミナーを実施している。なお、一人で悩んだときにすぐに相談できるよう、「ひとり親サポートよこはま」の連絡先を記した携帯できるサイズの情報カード(図1)を作成し、区役所の戸籍課や福祉保健センターの窓口等で配布するなど、相談先の周知にも工夫をしている。 ②DV被害者に対する相談・支援  DVに関する相談は、命や身体の危険に関わること、離婚に関すること、自分の状況がDVなのかどうか、とてもつらいがどうしたらよいのかわからない、子どもへの影響やこれからの生活に関することなど、実にさまざまである。横浜市のDVに関する相談・支援の窓口は2つある。 いずれも、相談を受け、そこから、相談者の状況に応じた課題に対する助言、情報提供、個々に応じた必要な支援につなげている。 ア 横浜市DV相談支援センター  一つは、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」(以下「DV防止法」という。)に基づく、「配偶者暴力相談支援センター」で、横浜市では「横浜市DV相談支援センター」の名称で相談を行っている。平成23年9月に設置され、専用の電話相談窓口を設け、配偶者等からの暴力に関する相談に応じている。 イ 女性福祉相談  もう一つは、各区福祉保健センターにおける、夫等からの暴力、生活困窮、住むところがないなど、悩みを抱える女性のための「女性福祉相談」で、国の「婦人保護事業」に該当する業務である。「婦人保護事業」とは、昭和年に制定された「売春防止法」に基づいて、売春歴を有する者や売春を行う恐れがあるもの・家庭関係の破たんや生活困窮で保護・援助が必要な女性についての、転落の未然防止と保護更生を図ること、と、DV防止法に基づいて、配偶者からの暴力の被害者である女性の保護を図ることを目的とした事業である。  DVだけでなく、「女性であるがゆえに」直面する問題や、困難を抱える人の相談を受けている。主に、必要な相談や助言、緊急の場合などの安全確保を行うとともに、生活再建や自立に向け、様々な社会資源や制度に繋げるなど関係機関と連携した支援を行っている。 ウ その他の相談窓口等  そのほか、DVに関する相談窓口として、神奈川県や警察、女性支援を行う民間団体でも行っている。また、横浜市男女共同参画推進協会における「心とからだと生き方の電話相談センター」では、生きづらさや、困難な状況についての相談等を受けている。それぞれと相互に連携し、支援を行っている。 3 なぜ、「女性に対する自立支援」が必要なのか ①自立しにくい社会的背景がある ア 役割分担意識  時代とともに変わりつつはあるが、今も依然として根強く残っている「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という「固定的性別役割分担意識」から、結婚や出産を機に退職をする女性の割合は、いまだ多い。日本の女性の年齢階級別労働力率が,M字型のカーブを描いており、諸外国のそれとは異なっている。また、離職期間が長いことを、マイナスと捉える企業も多く、子育て中となると再就職は更に厳しい状況となっている。 イ 厳しい就労環境  日本社会は長時間労働を前提とした働き方がいまだに根強く残っていると言われている。子育てと生計の担い手を一人で担うひとり親は、仕事と家庭生活との両立が困難な就労環境を選択することは困難である。結果として、非正規雇用での就労で生計を立てざるを得ない状況となり、所得や雇用は不安定になりやすい。 ウ 社会的な理解度  ひとり親家庭の置かれている厳しい状況に対する無理解や、自己責任であると捉える社会的な風潮から、福祉的な支援を必要とする状況であるにも関わらず、支援を希望しづらいこともある。  また、ぎりぎりの状況で生活をしていることから、、必要な情報が得られず、支援制度につながらず、その不安定な状況から脱することができず、より自立を困難にしてしまうのである。 ②特に自立がしづらい「ひとり親家庭」や「DV被害者」の背景について ア 本市のひとり親家庭の状況について  本市のひとり親家庭の数は、平成22年の国勢調査によると26、391世帯、そのうち母子家庭は22、803世帯、父子家庭は3、588世帯である。また、平成年度横浜市母子家庭等実態調査によると、年間の世帯総収入は母子家庭の平均収入が331万円に対し、父子家庭は571万円となっており、母子家庭の約4割は300万円未満となっている。  ひとり親家庭の就業率は高く、母子家庭は85%、父子家庭は91%となっているが、母の就業形態は非正規での就業が5割を超えており(図2)、パートやアルバイトで生計を立てている人が多く、経済的に厳しい状況におかれている場合が多いことがうかがえる。 こうしたことから、ひとり親家庭の親については、その生活の安定と自立を支援することが重要であると考えられる。 イ DV被害者の置かれている状況について (1)DV被害者の多くは女性である  DV防止法では被害者を女性には限定していないが、現実には被害者の多くは女性である。横浜市の調査結果(図3)では、配偶者やパートナーから暴力にあたる行為を受けたことがあったと答えた人(「何度もあった」と「1、2度あった」の合計)は、男女とも約4割となっているが、「何度もあった」と答えた人は、女性のほうが5・9ポイント高くなっている。また、国の調査結果(図4)では、あったと答えた人(「何度もあった」と「1、2度あった」の計)は、女性は32・9%、男性は18・3%で、女性の約3人に1人は被害を受けたことがあり、約10人に1人は何度も受けている、となっている。さらに、横浜市DV相談支援センターで受けたDV被害者本人からの相談状況を男女別で見てみると(図5)、相談件数の9割以上が女性である。  DV被害者の多くが女性である、という背景には、3①アで述べた、いまだに根強く残る「固定的性別役割分担意識」や女性の経済的自立の困難さなどの社会的な構造が影響しているといえる。 (2)DVからの避難や配偶者との離別を選択した場合の、生活再建の困難さ  DV防止法は、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護を図るための法律である。そのため、DV防止法では、被害者(被害者の同伴する家族も含む)の緊急時における安全の確保や一時保護、自立支援を行うこととされている。  一時保護は、命に関わる身体的な激しい暴力から避難する場合だけでなく、日常的な暴言や脅し、生活費を渡さない、金銭を搾取する、生き方や行動を制限するなどといった、相手からの支配とコントロールの行為によって、息苦しさや生きづらさを抱えている場合にも、被害者本人の同意のもとに行われる。  また、子どもの前でのDVは、児童虐待の心理的虐待にあたり、子どもへの影響を懸念して、被害者は子どもとともに、加害者から離れることもある。暴力による支配は、人としての尊厳を傷つけ、自分らしく生きる権利を奪う、最大の人権侵害である。被害者は、環境を改善し、自分自身の尊厳を取り戻すために、大きな決心と覚悟をもって、そこから離れる決心をするのである。しかし、それは、これまで生活、家、環境、仕事あるいは学校、交友関係を全て捨てることにもつながる。そうした場合、0(ゼロ)もしくはマイナスからの生活再建が必要となるのである。  前述したとおり、被害者の多くは女性であり、女性の就労や経済的な状況は、まだまだ厳しい現状がある。また、図6のとおり、同伴の子どもを連れて避難する場合も多く、暴力的な環境により破壊された母子関係等の修復も必要となってくる。「安全・安心な暮らし」に関するサービスを行うことは、そもそも、行政が果たすべき重要な役割である。  困難な状況に陥ったDV被害者が「安心・安全な暮らし」を取り戻すためには、暴力により傷ついた精神面のサポートから、住居、経済、就労等の生活再建のための支援、子どもと子育てに関する支援を、自治体が中心となって様々な関係機関と連携し、切れ目なく行っていく必要がある。 ③子どもの育ちを守り、連鎖を断つ、という視点 ア 貧困の連鎖を断つ  横浜市は平成28年3月に「横浜市子どもの貧困対策に関する計画」を策定した。  この計画は、平成26年1月に施行された「子どもの貧困対策の推進に関する法律」と同年8月に策定された「子供の貧困対策に関する大綱」を踏まえ、横浜の将来を担う子どもたちの育ちや成長を守るとともに、家庭の経済状況により、養育環境に格差が生まれたり、就学の機会や就労の選択肢が狭まったりすることなどにより、貧困が連鎖することを防ぐために、実効性の高い施策を展開していくこと及び、支援が確実に届く仕組みをつくることを目的に策定したものである。  子どもの貧困は、保護者の経済的困窮に加えて、子どもやその家庭の重層的な困難と結びついていることが多いと考えられている。  保護者が抱える困難が、その子どもの育ちに何らかの影響を与え、困難な状況が親から子へ引き継がれる「世代間連鎖」が存在することも示唆されている。経済的困窮状態にある子育て家庭では、保護者自身もその親からの虐待やDVの経験など、厳しい成育歴や経験を抱えている場合が多いことも確認されている。そのため、子どもの貧困対策は、世代間連鎖を断つ、という視点が必要である。 イ 「ひとり親」と「DV」の世代間連鎖  横浜市が「横浜市子供の貧困対策に関する計画」の策定にあたり行った「市民アンケート」(注2)によると、ひとり親世帯の場合「両親が離婚した」や「配偶者または元配偶者から暴力をふるわれたことがある」と回答した割合が2割以上で、全体の回答状況より多くなっていた。また「対象者アンケート」(注3)の保護者回答でも、「配偶者または元配偶者から暴力をふるわれたことがある」が 41・5%、「両親が離婚した」は32・5%となっており、「ひとり親」の状況が世代間で連鎖しているケースや、DVが原因でひとり親に至ったと考えられるケースが一定程度いることがうかがえる。  DVについても、さまざまな研究や調査から、世代間で連鎖するケースがあると言われている。特に、子どもの面前でのDVは、前述したとおり、心理的な児童虐待にあたる。人格を形成する大切な乳幼児期において、DVなどの暴力のある環境下で育つことは、心身ともに、さまざまな影響が懸念される。最近の調査研究では、心理的虐待が及ぼす脳への影響について、明らかになっているところである。情緒不安定になったり、自分を責め、常におどおどしたりすることもある。また、暴力で物事を解決しようとしたり、加害者に同化して攻撃的で破壊的な性格を形成しやすくなる、ともいわれている。いずれの場合も、自尊感情が低く、自己肯定感をもちにくい。  しかし、必ずしも、世代間連鎖しているわけではない。その後の支援者や周囲の大人の関わりなどにより、子どもの心身の回復が図られ、自己肯定感をもち、豊かに育つ子どももいる。このような子どもに対する支援策の充実も求められている。 4 未来を創る子どもたちのために  「横浜市子ども・子育て支援計画」では、「子ども・青少年は、家族にとっても、社会にとっても、様々な可能性をもったかけがえのない存在であり、未来を創る力」と謳っている。また、子ども・青少年が持つ力を、その一人ひとりに応じた関わりの中で最大限に引き出すことが、保護者をはじめとした大人の役割である、としており、そのための保護者への支援も重要だと記している。 貧困や困難な状況にある女性への支援は、当事者である女性だけでなく、先に述べた、貧困やDVの連鎖を断ち切り、すべての子どもが健やかに成長していくための、次世代を担う子どもたちへの支援でもある。子どもたちの豊かな育ちは、豊かな社会につながる。困難を抱える女性への支援・子育て支援に力をいれていくことは、豊かな横浜につながる先行投資である、という視点をもって施策を推進していく必要がある。子どもたちが夢と希望をもって成長できるよう、育つ家庭の状況に関わらず、就学の機会と必要な力を身に付けられる環境を整えるため、今後も必要な支援策に取り組んでいきたい。 注1DV(ドメスティック・バイオレンス)  domestic violenceの略。 日 本においては、何を意味するかについて、明確な定義はないが、一般的には「配偶者や恋人など親密な関係にある、又はあった者から振るわれる暴力」という意味で使用されることが多いが、親子間の暴力などまで含めた意味で使っている場合もある。 注2市民アンケート  平成27年4月1日現在の年齢が0歳から24歳未満の子ども・若者がいる世帯のうち6000世帯を対象に実施。 注3対象者アンケート  生活保護を受給している世帯、児童扶 養手当を受給しているひとり親世帯、寄り添い型学習等支援を利用している世帯の保護者ならびに中学生・高校生を対象に実施。