調査研究レポート2 日常生活圏域ごとの特性を踏まえた地域包括ケアの推進 ~2040年に向けて 伊藤 彩子 健康福祉局地域包括ケア推進課高齢者社会参加推進担当係長 1 はじめに~2025年か ら2040年へ  本市では、地域ケアプラザを中心とした日常生活圏域単位で、地域特性に応じた「地域包括ケアシステム」の構築・推進を図っている。地域包括ケアシステムとは、高齢者が可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けられるよう、住まいを中心に、介護、医療、生活支援・介護予防が一体的に提供される包括的な支援・サービスの提供体制をいう。団塊の世代全員が後期高齢者となる2025年、さらには団塊ジュニア世代全員が高齢者となる2040年も見据えながら、全国各地で構築・推進が図られている。  本市では、団塊の世代が85歳にさしかかる2035年前後から、介護保険サービスの供給が特に大きくなっていくことが予想される。実際の介護保険サービスの利用状況を年代別に見ると、利用者や介護給付費のピークは85歳~89歳であることがわかっている。また、今後の人口予測では、2040年にかけて急激な生産年齢人口の減少が訪れる。この変化による影響も注視しながら、前期高齢者( 65歳~74歳)には地域の担い手としての活躍を、後期高齢者(75歳以上)には介護予防に取り組んでもらえるような環境づくりとともに、ケアが必要になった際にも安心して暮らせるための取組を進めている。 2 これまでの取組 (1)圏域レベルデータベースシステムの構築・活用  地域包括ケアの推進にあたり、2018年に市域及び日常生活圏域ごとの地域特性を把握・分析するため、当時先行開発されていたYoMDB(Yokohama Original Medical Data Base)に、介護レセプトデータ、要介護認定情報及び住基データを基にした圏域情報等をデータベース化し、2019年から、運用を開始している。  本データベースにより、例えば、本市の要支援・介護認定率は全国平均値と同じく18・9%だが、日常生活圏域ごとに見ると、10ポイント以上の差があることがわかる(注1)。このような地域特性を踏まえ、区高齢・障害支援課・区社会福祉協議会・地域ケアプラザには、半期ごとに、日常生活圏域等ごとの高齢化率、要介護認定率及びサービスの利用状況などを「地区概況シート」としてまとめ、提供している。また、専門的知見を要する分析を産業医科大学との共同研究により実施しており、介護の重度化を予防するポイントなどを明らかにし、介護予防ケアマネジメントに取り組む関係者への研修などを行っている。 (2)日常生活圏域ニーズ調査(JAGES調査)の実施  横浜市高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画の策定に合わせ、2013年から、一般社団法人日本老年学的評価研究(JAGES)機構と共同で、「健康とくらしの調査」を実施している。  本調査では、市内在住の要介護認定(要支援を除く)を受けていない高齢者を対象に、暮らしぶりや健康状態等をアンケートにより把握している。  直近の大規模調査である2019年調査において、全国64市町村の比較により明らかになったのは、本市の強みは、スポーツ、趣味、ボランティアなどの「社会参加」が高いことであり、一方、課題は、「要支援・要介護リスク得点」が高く、「認知症リスク者」、「社会的役割低下者」の割合が高いこと、「友人知人と会う頻度が高い者」、「情緒・手段的サポート」、「助け合い」が少ないことだった。近年の研究では、趣味の活動やボランティア活動など、⼈とつながる地域活動は、地域の⼒を⾼めるだけでなく、⾼齢者の健康にも良い影響を与えることが分かっており、社会参加は重要な指標である。  なお、本調査結果は、区及び日常生活圏域ごとに集計の上、区・地域ケアプラザにも共有し、毎年の区・地域ケアプラザの事業計画に役立てている。 (3)支え合いの地域づくりを目指して~ 「介護予防」・「社会参加」・「生活支援」の一体的推進  ⑴及び⑵のデータは、区高齢・障害支援課や区社会福祉協議会、地域ケアプラザの職員などが収集した地域情報等とともに、小圏域でのアセスメントに活用され、地域ごとの介護予防の推進や多様な生活支援の充実につながっている。  例えば、介護予防においては、地域で核となる介護予防活動を行う「元気づくりステーション」の拡充に向け、閉じこもりがちな高齢者の多いエリアで地域住民と共に介護予防講座に取り組み、自主グループ化や、その後の活動の支援を行っている。また、多様な主体による生活支援の充実に向けては、地域住民との協議の場(注2)を通じ、地域の高齢者の生活支援に関するニーズや課題を話し合いの場を通じて、ゴミ出しなどの生活支援を行うボランティアグループの立ち上げ、地域ボランティアによる配食及び大規模スーパーや地域の商店などと連携した移動販売などが実施されている。 (4)安定的なサービス提供や認知症支援の充実  前記の取組に加え、⽇常⽣活に⽀援や⼿助けが必要になっても、個々の状況に応じたケア等の選択が可能となるよう、必要な施設や住まいの場として、特別養護老人ホーム入所までの待機期間の短縮を目標に掲げながら、認知症グループホームなど地域密着型サービスも含めた施設整備を行ってきている。また、増⼤する介護ニーズに対応し、質の⾼いサービスを安定的に提供するため、①新たな介護⼈材の確保、②介護⼈材の定着⽀援、③専⾨性の向上を3本の柱として、介護を担う人材の育成に取り組んでいる。  さらに、認知症施策推進計画を策定し、高齢化とともに増加が見込まれる認知症について、正しい知識・理解の普及や認知症カフェなどの社会参加の充実、医療体制の充実、権利擁護などの取組の推進を図っている。 3 コロナ禍を経て  地域の様々な活動は中止され、また、ケアを必要とする高齢者も、一時、通所介護サービスの利用を控えるなどの事態が起こったコロナ禍。前述したJAGES調査(対象者は要支援・要介護認定を受けていない高齢者)の2019年から2021年の経年比較では、地域の様々な活動の中止や個人の行動控えにより、次のような健康2次被害があることが分かった。  比較は、2019年、2020年、2021年に行った3回の調査のうち、いずれか1回でも調査に参加した人を対象に実施した(繰り返し横断分析)。  なお、要支援・要介護認定率については、2019年から現在まで、特に大きな変化はないことを申し添える。(2019年3月は18・2%、2022年3月は18・9%) (1)フレイル割合や要支援・要介護リスク者割合が増加  フレイルとは、高齢期に体力や気力、認知機能など、からだとこころの機能(はたらき)が低下し、将来介護が必要になる危険性が高くなっている状態のことで、「フレイル者割合」は、2021年までの3年間で、5ポイント以上の伸びが見られた(図1)。同様に、もともと高かった「要支援・要介護リスク者割合」もさらに増加している。いずれも、他都市と比べても高い割合となっており、介護予防の取組の重要性が高まっている。 (2)社会参加がコロナ禍前まで回復していない  2019年調査では、社会参加の割合が高いことが強みであったが、社会参加は、コロナ禍前ほど回復していないことが分かる(図2)。なお、交流を目的にしたウェブやSNS等の利用者は、うつ・孤立リスクは低いこともわかったが、利用は一部の高齢者にとどまる。 (3)社会参加を始め、重度化予防までの介護予防の推進の必要性  このような状況を踏まえ、現在、社会参加の回復に向け、介護予防やフレイル予防に資する「通いの場」の再定義を進め、より対象を広げながら、多機関による支援のあり方も整理している。また、社会人として培ってきた経験を生かせる新たな社会参加の在り方も検討を行うなど、より多くの高齢者が生きがいある生活を送れるよう仕組みづくりを進めている。  さらに、介護の重度化を予防するためには、入院など急性期イベントを防ぐための医療的ケアマネジメントの重要性も明らかになっており、ケアを必要とする高齢者が急増すると見込まれる2035年前後に向け、元気高齢者から要介護高齢者まで一貫した予防施策を展開し、高齢者が最期まで安心して介護が受けられるような環境づくりが求められる。  これらを進めるにあたっては、住環境や地域ごとの健康課題等の特徴の分析も進め、各地域でのきめ細かな事業展開も重要になってくるだろう。 4 これから  2023年度は「第9期高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画・認知症施策推進計画」の策定が控えている。さらに介護保険利用状況の分析や地域アセスメントを進め、介護予防・社会参加・生活支援の充実を一体的に進めるとともに、必要時に適切なケアを提供できる地域づくりや体制づくりを進めていく。 注1 いずれも、令和4年3月末現在の数字。国及び市全体の認定割合は、第1号被保険者数に対する65歳以上の認定者数、圏域ごとの認定割合は、住民基本台帳上の65歳以上人口に対する65歳以上の認定者数。なお、圏域内データの集計にあたり、介護施設居住者は除外していない 注2 主に生活支援コーディネーターが中心となり、支援主体間の連携体制の中で、必要な生活支援・介護予防・社会参加にかかる活動・サービスを創出し、又は継続・発展させるための具体的な企画立案を行うことを目標とし開催する会議。