《10》「あなたのいる場所が手続の場所になる」行政サービスの実現を目指して~横浜DX戦略の推進 執筆 玉 曜一 デジタル統括本部企画調整課担当係長 西城 裕之 デジタル統括本部課長補佐 阿部 壮紘 デジタル統括本部デジタル・デザイン室担当係長 辻 圭介 デジタル統括本部デジタル・デザイン室担当係長 1 はじめに  スマートフォンの普及やネットワークの高速化が、社会生活やビジネス環境をわずか10年の間に一変させたように、デジタル化の波は圧倒的な速さで私たちに押し寄せています。  急速にデジタル化が進む一方、我が国は、グローバル化による激しい国際競争にさらされるなか、人口減少、少子高齢化が急速に進み、さらに、生産年齢人口の減少による労働力不足が懸念されるなど、かつてない社会課題に直面する課題先進国となっています。  横浜市もまた、多発する自然災害への対応、少子高齢化を背景とする福祉、地域交通、地域の担い手不足の問題や、高度成長期に集中整備されたインフラの老朽化など、大都市が抱える多様で複雑な地域課題に直面しています。  更に、コロナ禍を背景に顕在化した非効率な行政サービスやアフターコロナを見据えた経済社会への対応が求められており、厳しい財政状況下で、これまでのやり方のままでは課題の解決は困難になっています。  これ等の課題を解決する鍵として期待されるのがDXです。本稿では、横浜市におけるDXの取組について、その考え方や方向性などをお伝えするとともに、「横浜DX戦略」に基づき進めている具体的な事例を紹介したいと思います。 2 なぜDXが必要なのか  DXとは、デジタル(Digital)と変革を意味するトランスフォーメーション(Transformation)を掛け合わせた造語で、様々なモノやサービスがデジタル化により便利になったり効率化され、その結果デジタル技術が社会に浸透することで、これまでには実現できなかった新たなサービスや価値が生まれる、社会やサービスの変革を意味しています。  変革の力となるDXに、民間人材の活用や多様な主体との連携を通じて取り組むことで、デジタル技術を最大限に活用した未来の大都市を実現していく必要があると考えています。そのため、本市では、令和4年9月にデジタル化の方向性や具体的に取り組む施策・事業を記載した「横浜DX戦略」を策定・公表しました。「デジタルの恩恵をすべての市民、地域にいきわたらせ、魅力あふれる都市をつくる」ことを基本目的として掲げ、戦略に沿って様々な取組を進めているところです。  本市では、DXをデジタルを活用したイノベーションの取組と捉えており、従来のアナログ的な手法をデジタルに置き換えるだけの単純なデジタル化とは、根本的に異なるものと考えています。デジタル技術を活用することで、市民や事業者に対するサービスを大きく変革させ、新しい価値を創造・提供していくことを目指しています。 3 DX推進の目的  本市がデジタルの力で実現しようとしていること、DX推進の目的について説明します。  デジタル化の進展は、スマートフォンなどからの様々な情報やサービスの利用、SNSなどによる多くの人とのつながり、AIを活用した手続・作業の自動化など、私たちの生活を、時間と場所の制約から解放し、便利で豊かなものにしています。  今後、デジタル技術がさらに進むことで、必要なサービスが、必要な時に必要な場所で、自ら考え選択することなく届けられる「手続がまるで空気のようになる世界」が実現することも、決して夢物語ではないと考えています。そうしたデジタルの恩恵を、限られた人や地域だけでなく、すべての市民、地域に行きわたらせ実感あるものとし、真の意味でデジタルの持つ力を都市の魅力につなげていくことが大切です。  市民には、子どもや高齢者、子育て世代、障害のある方、外国人の方など、それぞれ異なるニーズがあります。デジタル技術を活かし、デジタルを必ずしも得意としない方にも寄り添いながら、一人ひとりに利便性の高いサービスを効率的に届けていきたいと考えています。 4 横浜DX戦略の概要  「横浜DX戦略」では、「デジタルの恩恵をすべての市民、地域に行きわたらせ、魅力あふれる都市をつくる」ことを基本目的とし、「デジタル×デザイン」をキーワードに取組を進めていきます。 (1)デジタル×デザイン  デジタル化は「時間」や「場所」にとらわれないライフスタイルを実現し、自動化による効率化など多くの恩恵をもたらします。  しかし、その恩恵を得るためには、使いやすく、手間が無く、便利さを実感でき、多くの人に利用されて効果があるものでなければならないと考えます。今あるサービスをそのままデジタル化するのではなく、利用者目線で考えることや、サービスのあり方から見直すことなど、仕組みをしっかり考えるプロセスを経て「デザイン(設計)」していくことが重要です。  デザイナーが目的に合う機能的な建物を設計するように、あるいは、その人に最も似合う服をデザインするように、デジタル化の波をただ受け入れるのではなく、行政、市民が自らイニシアチブをとり、多様な主体との連携で横浜の未来につながる「人や地域中心のデジタル実装」をプロセス、仕組みを含めデザインしていくことを大切にしたい、その思いを「デジタル×デザイン」に込めています。 (2)3つのプラットフォームを駆動させ、3つのDXを推進  「横浜DX戦略」では、図のとおり、戦略の推進を支える、3つのプラットフォームを駆動させることで、行政、地域、都市のそれぞれのDXを推進していきます。ここではその概要を紹介します。 ▽ 3つのDX ①快適なサービスを創る「行政のDX」  スマートフォンの活用など市民が使いやすい行政サービスの提供や場所を選ばないワークスタイルの推進と業務の効率化など、新しい行政のスタンダードを創り出します。 ②みんなの元気を創る「地域のDX」  デジタル技術を活用した地域の担い手等の支援や地域を支えるデジタル区役所の創造など、活力ある地域を創り出します。 ③街の魅力を創る「都市のDX」  都市を構成する様々な分野でデジタルを活用した街づくりに取り組みます。郊外部、都心部のそれぞれで、横浜の未来を創るチャレンジを重ねます。 ▽ 3つのプラットフォーム ①戦略推進のエンジン  デジタル統括本部がDXを推進するエンジンとして市役所内の「デジタル×デザイン」の普及と実践に取り組み、変革に前向きな組織風土を醸成します。 ②創発・共創のスキーム デジタル技術を持つ企業等と連携し、行政や地域の課題を解決する創発・共創のプラットフォーム「YOKOHAMA Hack !」により、新しい価値を創造していきます。 ③データ連携のインフラ  マイナンバー制度やオープンデータの取組など、デジタル基盤の整備やデータの積極的な利活用を推進します。 (3)7つの重点方針  「横浜DX戦略」では、令和4年度から7年度までの4年間を、DXに本格的に取り組むファーストステップと位置づけています。この4年間では、推進体制や仕組みなどの土台作りと、デジタルの恩恵が実感できる取組や成功事例の見える化などを中心に7つの重点方針を定め、DXの実現に向けた取組を推進していきます。 5 取組紹介  7つの重点方針の中から、市民にとって身近で変化を感じやすい取組として、いくつか紹介します。 (1)「あなたのいる場所が手続の場所になる」行政サービス実現  現在、その多くが来庁、対面を前提としている約一万種類の手続のうち、まずは「あなたのいる場所が手続の場所になる」を合言葉に、行政手続の年間総受付件数の9割を占める上位100手続について、スマートフォン対応の重点対象として、令和6年度までにオンライン化します。市民が場所にとらわれず、いつでも手続できる環境を整えていきます。  その一方で、デジタルの利用を得意としない方や会って相談をしたい方など、ニーズ・場面に応じて、対面など手続の方法を選択できるようにしていきます。 ▽DXでみなさんに大切な「時間」をお返しします  これまでの対面と紙を基本とした行政サービスは、手続とその後の処理に多くの時間を要していました。  目指すのは、窓口にお越しいただかなくとも、誰もが求めるサービスを容易に手にすることができる、「時間や場所にとらわれない」行政の姿です。  その姿を実現することで、市民に、行政への申請や手続に要していた時間をお返しし、もっと大切なことに使っていただきたいと考えています。 (2)地域の交流と活動を支えるミドルレイヤーのエンパワーメント  災害や福祉対応など横浜の安全安心は、18の区役所、学校(地域防災拠点)、地域ケアプラザなど様々な地域拠点と自治会町内会を始めとした多様な地域の担い手の方々の連携で成り立っています。しかし、少子高齢化に伴う担い手不足に加え、地域課題が多様化・複雑化するなかで、これまで通りのやり方で課題を乗り越えていくことは難しくなっています。  区役所と地域拠点、地域活動の担い手からなる、地域の交流と活動を支える中核となる層を「ミドルレイヤー」とし、その活動と機能、相互連携の強化、新たな担い手創出をデジタルで促進し、地域の活性化を図っていきます。 ▽デジタル区役所  区役所において、多様化・複雑化する市民ニーズや地域課題に限られた人員で対応していくためには、デジタル技術を活用した行政サービスの利便性向上や業務効率化の実現が必要です。  そこで、「書かない・待たない・行かないそしてつながる」をコンセプトとした「デジタル区役所」の将来像を検討するため、モデル区(西区・港南区)を中心に様々な取組を行っています。  西区では、「西区デジタル区役所モデル区プロジェクト」を立ち上げ、事業者の協力も得ながら、窓口での申請書作成の負担軽減を目的とした申請書自動作成システムや、災害発生時の初動対応の迅速化のため、AI等を活用した、災害情報の自動収集・解析システムなどの実証実験に取り組んでいます。  また、港南区では、「あったかデジタル港南」を目指し、戸籍課における引っ越し等に伴う各種手続に関するオンライン予約や、申請内容の事前入力など、港南区全庁でデジタルに係る取組の検討を行っています。  今後、各モデル区における実証実験で効果が認められた取組については、他区への横展開を目指すとともに、令和7年度には、実証実験等を通して得た知見を踏まえ、デジタル区役所の「将来像」をお示ししたいと考えています。 ▽消防団支援アプリ  横浜市に暮らす方の生活は、行政だけではなく、自治会町内会や民生委員、消防団やボランティアの方々など、様々な「地域の担い手」と呼ばれる方々との協働によって支えられています。  横浜DX戦略においても「デジタル技術を活用した地域の担い手支援」を掲げており、地域の担い手の負担軽減や課題解決、魅力の発信等の検討を進めています。その先行モデルである、スマートフォンアプリを活用した消防団活動支援の取組について、紹介します。  横浜市には20の消防団があり、約8,000名の消防団員が地域の消防防災活動に携わっています。その活動に伴う様々な報告事務は、毎月、紙の報告書を消防署へ持参するなど、消防団員にとって大きな負担となっていました。  そこで、その負担を少しでも軽減するため、紙で報告していた主な事務をデジタル化するべく、令和3年度に民間事業者と実証実験を実施し、課題解決に取り組みました。  令和4年度には、実証実験を経て開発されたスマートフォン用アプリの導入が決定し、段階的に研修を進めながら令和5年2月から先行6消防団で運用を開始しています。今後、令和5年4月には全20消防団に展開される予定です。 (3)創発・共創とオープンイノベーションの仕組みづくり  多様化・複雑化する行政・地域課題に対応するには、日々進化するデジタル技術を活用するとともに、利用者目線での新たな行政サービスの創出が必要であり、そのためには行政のリソースだけではなく、企業や大学、団体を含めた幅広い視点が不可欠です。  デジタル技術(=D)を持つ民間企業等との連携による「共創」で、1+1を超えたイノベーション「創発」を生み出し、革新(=X)によって新たな横浜の未来を切り開きます。 ▽YOKOHAMA Hack!  デジタル・ガバメントの取組として、行政の業務やサービスにおける課題・改善要望(ニーズ)と、それを解決する企業等のデジタル技術(シーズ)をマッチングするオープンなプラットフォーム、それが「YOKOHAMA Hack!」です。  『Hack』は、「切り開く」「突破する」といった語源を持ち、近年では、「創造性を通じて現状のあり方を劇的に改善する」という意味でも使用されています。『既成概念を打破し、新たな横浜や行政サービスを実現していきたい』という思いを込めました。  各所管課が「今」抱えているニーズに対し、企業等のデジタル技術をタイムリーに募り、行政だけでは見つけ出せない解決策を創出できる環境を築き、横浜のDXを推進します。  令和4年6月には第一弾のニーズとして防災に関する二つのテーマを提示し、計三十五の企業等とのワーキングを経て、11月からそれぞれ実証実験を開始しています。続けて9月には都市に関する二つのテーマの解決にも着手し、こちらにも多くの関心を寄せてもらっています。  またYOKOHAMA Hack!のウェブサイトでは、前述のほかに、横浜市のニーズをウェブ上で適宜掲載し、タイムリーにマッチングする機能等も備えています。  今後も、様々な主体とともに、デジタルによる課題解決のソリューションを導き出していきます。 6 おわりに  本市のDXの取組はまだ動き始めたばかりです。デジタル技術の進歩は極めて速く、その先行きを予測することは大変難しい状況となっています。まずは、行政手続のオンライン化や区役所における実証実験など、市民がデジタルの恩恵を実感できる取組から進めていきます。DXを実現することで、より良いサービスを市民に届けていきたいと考えています。