《8》観光・消費目的の来街者の状況変化 執筆 佐伯哲郎 文化観光局企画課担当係長  本稿のテーマは、コロナ禍における生活行動の変化のうち、「すること」と「する場所」のつながりが強かった「観光・消費目的の来街者」にどのような変化があるかを捉えるというものである。  ここでは、文化観光局で継続的に取得しているデータ及び当局で導入している民間サービスの出力結果に基づく分析を紹介する。  なお、ここでの分析等は今回執筆するに当たり、個人的に試行したものであり、組織としての分析・見解ではないことに御留意いただきたい。  また、統計により、暦年を単位とするものと会計年度を単位とするものがある。 1 コロナ禍の観光・MICEへの影響 (1)導入  まず、日本の観光の動向については、「令和2(2020)年からインバウンド需要はほぼ蒸発し、度重なる緊急事態宣言やまん延防止等重点措置による行動制限に伴い国内旅行も大きく減少」した(観光庁「令和4年観光白書」)。本市においても観光客数や修学旅行宿泊者数、市内外国人延べ宿泊者数、ホテル稼働率等において大きく影響を受けている。 (2)観光入込客数(実人数)と観光消費額  コロナ以前においては、市内の新規宿泊施設の開業やラグビーワールドカップ2019TMをはじめとした大きなイベント開催などの好機を捉えた施策展開により、観光消費額は令和元年に過去最高を記録するなど順調に伸び続けた。(図1)しかし、コロナ禍に突入した令和2年には、観光客数が前年に比べ、約2,000万人の減、観光消費額が約2,700億円の減と大きな影響を受けている。令和3年には多少持ち直しているが、コロナ前の水準にはまだ戻っていない。 (3)修学旅行宿泊者数  平成20年度に2万人台だった修学旅行宿泊者数は平成24年度に4万人を超え、令和元年度までの平均で年間5万人を突破していたが、令和2年度には、市内への修学旅行の多くが中止又は日帰り教育旅行へ切り替えられたことにより、過去最低の5,737人となった。(図2) (4)市内外国人延べ宿泊者数  中国人に対するビザ発給要件の緩和などにより、外国人延べ宿泊者数は平成27年に初めて70万人を突破、その後も緩やかに伸び続け、令和元年には過去最高の78万人に達したが、コロナ対策に係る海外からの渡航制限の影響を色濃く受け、令和2年には14万人、令和3年には8万人に落ち込んだ。(図3) (5)市内主要ホテル稼働率  市内のホテルはみなとみらい21地区での新規開業が続き、客室数が増加している。その中で、市内主要ホテル稼働率は、平成27年と平成30年に過去最高の88%に達するなど、平成24年から令和元年まで8年連続で8割を超える高水準を維持し続けた。コロナ禍における令和2年、3年は5割程度にとどまっている。(図4) (6)MICEへの影響  人と人とが交流するMICE(注)は、新型コロナウイルス感染拡大による渡航制限などの影響に伴い、その多くが国内外問わず、中止・延期を余儀なくされた。日本を代表するMICE拠点都市である横浜市でも大きな影響を受けた。(図5、図6) 2 デスクリサーチツールによる分析 (1)導入  文化観光局ではヤフー株式会社が提供する行動ビッグデータのリサーチツールである「DS.INSIGHT」を導入している。当該ツールには、ヤフージャパンが提供するアプリのユーザーから利用許諾を得た1,000万人以上の位置情報(個人の特定はできない。)を基に滞在状況を把握する機能(DS.INSIGHTPlace)がある。ここではこの機能を用いて、コロナ前の令和元年10月1日から令和5年1月15日までの賑わい状況の推移をみていきたい。  始期が令和元年10月1日であるのは、同機能のデータ提供が同日からのためであり、終期は本稿執筆時である。 (2)対象エリア  同機能は250メートルメッシュで来街者の状況を調べることができ、行政区分単位ではなく任意で設定した範囲で閲覧することができる。今回は賑わい創出に関する施設・スポットが集中しているエリア(おおむね、みなとみらい駅~元町・中華街駅の臨海部を中心としたエリア)で設定した。(図7) (3)対象とする来街者 DS.INSIGHT Place では、当該エリアの行政区分に在住していると推定される方を除くことができるので、今回は「西区」「中区」在住の方を除いた。(以下、今回対象とした方を「来訪者」とする。)  同機能で把握できる方は、基本的に国内在住の方に限られると考えられる。また、来訪目的ではフィルタをかけることができないため、このパートでは「消費目的の来街者」に関係人口の一部である在勤者等を含むことになる。 (4)来訪者指数  行政区分でない任意のエリア設定であることなどから本稿ではツールから出力される絶対数は捨象し、来訪者が最も多かった令和元年12月24日を「1」として他の日の来訪者数を数値化する形で比較することで、賑わいに係る傾向をみる。ここではその数値を「来訪者指数」と呼ぶこととする。たとえば「来訪者指数」が0・8の日は、令和元年12月24日の8割の来訪者があったことになる。 (5)年度比較  まずは、7日間の移動平均線を、令和元年度から4年度まで比較できるようにグラフ化した。まだコロナ前の水準には戻っていないが、令和4年度は、過去2年間よりも大半の日において来訪者が多く、年を経るごとに賑わいが戻りつつあることがわかる。(図8)  グラフから推測できる例年の特徴としては、毎年10月頃から来訪者が徐々に増え、クリスマスシーズンを過ぎると、1月初旬まで急速に減少する。また、8月中旬は減少、年度末は増加する傾向があるかもしれない。  単年度の特徴的な動きでは、まずコロナ禍に入ったであろう令和2年1月、2月頃から、初の緊急事態宣言(同年4月7日)を経て、来訪者が大幅に減少したことが挙げられる。2年度、3年度は感染拡大防止に伴う人流抑制と時機を捉えた賑わい創出のバランスを模索した年であった。2年度は緊急事態宣言などの影響が特に大きい。一方、4年度は「スマートフェスティバル」などの大規模イベントが3年ぶりに開催され、大きく賑わいが創出されたことも特徴的なものといえる。ただし、大規模イベントはコロナ前には、恒例行事として開催されてきたものもあり、令和2年、3年の中止がなければ、この上振れも例年の傾向として表われたのではないかと思われる。 (6)各年度での推移  賑わいの状況は季節、月、曜日、天候、イベントなどにより変動する。そこで、各年度における状況をみていきたい。  なお、ここでは賑わいのトレンド状況を振り返るため、毎日の指数のグラフに、短期・中期・長期の3本の移動平均線を重ねた(短期:14日、中期:28日、長期:56日)。  また、グラフにおいて、上から長期・中期・短期の順に並ぶときを「下降トレンド」として、来訪者が減少傾向にある時期と考え、逆に上から短期・中期・長期で並ぶときは「上昇トレンド」として、来訪者が増加傾向にある時期と考えることとする。 ①令和元年度(図9)  令和元年度の10月から12月まではコロナ禍前の時期である。  来訪者が多かった上位5日は、図9のとおりである。全てコロナ禍以前で、来訪者指数は0・96以上と大きく賑わっており、12月13日を除き天候に恵まれている。10月12日は、大幅に落ち込んでいるが、台風19号による影響を受けた日であり、来訪者指数は0・12にとどまった。これは、今回の対象とした令和5年1月15日までの期間で最も来訪者が少ない日となった。  さて、コロナ禍に突入したタイミングは、明確ではないが1月末頃から大幅な下降トレンドとなったことがわかる。  なお、1月初旬の減少は先述のとおり年末年始の例年の動きに準じているものと考えられる。  また、曜日ごとの平均も算出した。曜日間の比較では、水曜日から金曜日が0・8以上と多い一方で、土日は0・6前後と水~金曜日の4分の3程度にとどまる。これは、観光客だけでなく、在勤・在学の方を含むためと考えられる。  なお、令和2年度以降についても曜日ごとの平均を出しているが、令和元年度は10月から翌3月までのデータのみであるため、比較はできないと思われる。 ② 令和2年度( 図10)  令和元年度末の大幅な下降トレンドから始まった。4月7日には初の緊急事態宣言が発令され、さらに減少していく。5月25日の宣言の解除前後から上昇トレンドに転じ、感染拡大により一時的に伸びがとまるが、秋頃から再度上昇トレンドとなり、12月25日にピークを迎える。  感染者数の増加を受け、令和3年1月8日から3月21日まで緊急事態宣言が発令されるが、解除を待たず、2月半ばから年度末にかけて上昇トレンドとなる。  年度内での来訪者指数上位には12月23日から12月25日までのクリスマスシーズンが入っている。12月25日は当該年度で最も来訪者が多かったが、前年12月24日の約8割くらいであった。  一方、初の緊急事態宣言中の4月、5月に来訪者が少ない状況が続いた。5月6日の来訪者指数は0・15と、この年のGWはコロナ禍における「底」である。  大規模イベントの中止などの要因により、賑わいを創出する上振れ要素が少なかった。 ②令和3年度(図11)  令和3年度は一年の半分以上が緊急事態宣言等の期間に該当した。  前年から延期となった東京2020オリンピック・パラリンピックは、その開催期間である7月から9月までは、緊急事態宣言等の発令期間中であり、東京・神奈川・千葉・埼玉の1都3県においては全て無観客で開催された。また、恒例の大規模イベントが再び中止となったため、前年度同様変わらず上振れ要素の少ない年となった。そのため、来訪者が最多の日と最少の日の指数の差が0・47と小さく、大きな動きがない年度となった(令和2年度:0・64)。  8月末から新規感染者数が減少し、10月以降は宣言が解除された。新規陽性者数の減少により、外出意欲が高まったのか、9月半ばごろから上昇トレンドとなり、例年通りクリスマスシーズンをピークにした年末年始の形となった。  令和4年1月から新規陽性者数が急速に増加し、同年1月21日から再びまん延防止等重点措置期間となるも、2月末から年度末まで上昇トレンドが続いた。  令和3年度は、曜日ごとの平均の比較では、土日の来訪が戻ってきており、曜日間のの差がなくなってきている。 ④令和4年度(図12) (※令和4年度は執筆時点の令和5年1月15日までの状況で記載している。)  令和4年度は3年ぶりに緊急事態宣言等の発令がない年度となっている。  3年ぶり、4年ぶりに開催されるイベントも多かったため、上振れ要素が多い。  特に、GWは、5月3日のを中心に数年ぶりの盛り上がりを見せ、また、8月2日の「みなとみらいスマートフェスティバル2022」は、コロナ禍以降初めて来訪者指数0・9を超えた。すなわち、コロナ禍前の令和元年クリスマスイブの9割もの来訪者があったということである。一方で、来訪者が特に少なかった8月13日、9月19日の大幅な落ち込みは、台風に見舞われたもので、コロナ禍によるものではなかった。 3 まとめ  本稿では、コロナ禍における「観光・消費目的の来街者」の変化を見てきた。  項目1で本市における過去10年の長期的な観光の動向などをみてきた。コロナの観光・MICEへの影響は非常に大きいものであることがわかる。  今年度(令和4年度)は、項目2で見てきたように、国内在住者の来訪状況は少しずつ戻りつつある。イベントによる賑わい創出の効果を感じるとともに、コロナ禍においてもリアルでの体験を楽しみたいと考えている方が多いと推測できる結果であった。また、グラフ上、今年度も年末年始は減少しているが、今回のデータには基本的に訪日外国人旅行者が含まれていない。客観的なエビデンスが手元にないが、観光関連事業者の方からはインバウンドと思われる方が多かったとの声を聞いた。水際対策の緩和により、訪日外国人旅行者も戻ってきているようだ。  本格的に賑わいが戻ってくることへの期待が高まるが、一方で、人が集まることによる課題もある。コロナの拡大防止のみならず、オーバーツーリズム、イベント時の雑踏事故などへの対策・対応等である。より多くの方に横浜にいらしていただけるよう、引き続き、安全・安心に配慮しながら、取り組まなければならない。  また、コロナ禍において、価値観、楽しみ方の多様化が進んでいると思われる。施策の効果を高めていくためには、本稿で扱えていないような、属性別の状況把握など、分析を深めていくことが大事と思う。  横浜は魅力的なウオーターフロントの景観や様々な観光資源が集積しており、多くの人を呼び込める環境にある。分析を深めることで、横浜の強みを連携させる、様々な魅力的なストーリーを作ることができるようになる。より多くの方に横浜を回遊し、お楽しみいただくことで、市内経済への波及効果を一層の高め、都市の持続可能性につなげていきたい。 注MICEとは 企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(IncentiveTravel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字のことであり、多くの集客交流が見込まれるビジネスイベントなどの総称