《6》新型コロナウイルス感染症やデジタル化の進展による企業活動への影響について 執筆 川口 高志 経済局企画調整課担当係長 齋藤 勝利 経済局企画調整課担当係長 1 はじめに  新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、この数年間で私たちの生活は大きく変化した。マスクの着用をはじめとして、3密(密閉、密集、密接)となる人が集まる機会の回避など、日常行動に変容が起こった。このような変化は、企業活動においても、多大な影響を及ぼしている。外出の自粛やイベント等の中止に伴う消費の冷え込みや、海外のロックダウンによる部品等供給網の寸断、さらには、非接触ニーズによるデジタル需要の高まり、半導体不足など、経済活動全体の収縮や著しい変化が生じた。  人の働き方においても例外ではない。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う出勤抑制の方策として、首都圏を中心に、「テレワーク」が広く利用されることとなった。国の新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針(令和2年3月28日)において、事業者に対して、テレワークの活用や休暇取得の促進等により、出勤者数の7割削減が掲げられるなど、国を挙げてテレワークの推進が図られ、対面を避けたい社会的要請もあいまって、働く場を選ばない働き方が大きく進展することとなった。  本稿では、新型コロナウイルス感染症やデジタル化の進展による影響を、企業活動の側面から考察し、対応する今後の市の施策や在り方について考えたい。  まずは、本市で定期的に市内企業を対象に実施しているアンケート結果をもとに、企業の現状を確認することとする。次に、経済局で実施した施策を事例として2つ取り上げたうえで、今後自治体として取り組むべき方向性について考察していくことにしたい。 2 市内企業の現状について (1)横浜市景況・経営動向調査  経済局では、経済・産業政策の効果的な展開に必要な企業動向・ニーズを早期かつ的確に把握するために、市内企業・市内に事業所をおく企業1000社を対象に「横浜市景況・経営動向調査(以下、景況調査)」を四半期毎に年4回(6月、9月、12月、3月)実施している。  平成4年から開始した景況調査は、令和5年3月で124回目を迎える。調査の構成は、経営環境等に関する定点観測を行う「通常調査」と、その時々の経済情勢などに応じたテーマで実施する「特別調査」の2つから成る。デジタル化への企業ニーズを踏まえ、令和3年度中からはインターネットによる回答方式に転換し、回答率は約7割まで高まっている。 (2)市内企業の景況感について  市内企業の景況感については、景況調査の自社業況BSI※という指標で把握している。(※自社業況が「良い」と回答した割合から「悪い」と回答した割合を減じた値)  令和4年12月の景況調査では、自社業況BSIは、▲19・4という結果となった。この数字だけを見るとマイナスの値が大きく、厳しい数値という印象を受けるかもしれないが、新型コロナウイルス感染症の影響を最も受けた令和2年6月時点は▲64・0であり、当時からは大きく回復していることがわかる。また、新型コロナ影響前の令和元年12月時点では▲21・8であり、コロナ禍前の水準まで戻ってきている。(図1)これは、依然コロナ禍ではあるが行動制限のないことや、半導体等をはじめとした供給制約による影響が和らぎ、経済活動が正常化に向かっていることによるものと考えられる。しかし一方で、昨今の物価高騰の影響を受ける市内企業は7割を超えており、引き続き注視する必要がある。 (3)市内企業の雇用状況について  令和3年9月の景況調査によると、まず、新型コロナに起因する正社員の離職については、「従業員都合による離職」が15・9%、「事業主都合による離職」が1・8%と、合わせて2割弱の企業で生じている。今後の正社員の雇用については、「当面維持していく」が約4分の3と最も多くなった。次いで「増やしていく」が2割弱で、前回調査(令和2年9月)と比較すると7ポイント増加している。(図2)コロナを起因とする離職があることから、雇用人員についても増やしていく傾向が見られる。「離職があった」と雇用を「増やしていく」が2割弱とほぼ同数であり、人員を補完することで、雇用を維持しようとする傾向が確認できる。  労働力の不足感については、令和4年12月の景況調査によると、現状「不足している」とする企業が全体の5割を超え、数年後(3~5年後)についても、「不足」が7割弱と、労働力不足がさらに深刻化する見通しになっている。(図3)  不足する理由は、「応募はあるが、求める人材が来ない」が52・4%と最も多く、次いで「社員を募集しても応募がない」43・5%と、採用意欲は強いものの、希望する人材の確保は容易ではない実態がみえる。  企業がコロナ禍から脱却し、成長・発展していくためには、雇用人員を充足し、事業拡大や取引増加につなげていくことが欠かせず、労働力不足は、成長を阻害する大きな要因になりかねない。求める人材を雇用し、離職を防ぐため、企業においては、働き手を引き寄せる魅力的な働く場の提供が今後ますます重要になると思われる。 (4)市内企業のデジタル化について  令和3年6月の景況調査によると、市内企業の約3分の2がデジタル化を実施している状況となった。(図4)具体的な実施内容は、「テレワークやオンライン会議の実施」80・6%、「社内における文書等のデジタル化(勤怠管理、会計ソフトの導入)」80・2%などが中心であり、比較的簡易なデジタル化には積極的に取り組んでいる状況が見られた。一方で、「個別の業務・製造プロセスのデジタル化」32・9%や「電子決済システム、オンライン予約システム等の導入」31・3%といった、デジタル化により業務そのものやプロセスを変革する、いわゆるデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)に取り組んでいる企業は、依然として少ない実態であることがわかった。DX及びデジタル化の推進に向けて、課題だと考えることについては、「対応できる人材が少ない」が61・7%で最も多く、次いで「コストを負担することが難しい」40・6%となっており、市内企業にDX人材・デジタル人材が不足している状況が明らかとなった。  政府は、DXを新しい資本主義に向けた重点投資分野として位置付け、新しい付加価値を生み出す源泉であり、社会的課題を解決する鍵であることから、DX投資促進に向けた政策を強力に推進することとしている。これを契機とし、市内企業がコロナ禍から脱却するとともに、持続可能で一段高い成長軌道に乗せていくためには、DXを成長のエンジンとすることが求められる。  3 経済局における取組  次に、企業の働き方の変化の中でも代表的な取組であるテレワークについて、経済局による支援の事例を取り上げたい。 (1)企業におけるテレワーク導入への助成  令和2年度「職場環境向上支援助成金」の中で、コロナ禍におけるテレワーク導入に対する助成を実施した。当助成金は、職場環境の向上を目的に、従来からテレワークの導入に助成を行っていたが、令和2年4月にコロナ特例を設け、助成率を2分の1から4分の3(上限30万円)にするなど、拡充を行っている。  助成実績は、コロナ前の令和元年度は1件のところ、令和2年度は1181件(一部繰越により令和3年度に助成)と、著しく増加した。当助成金を活用した事業者を対象に実施したアンケート調査では、テレワーク導入のきっかけについて、「感染症対策として」が9割弱という結果であり、感染症を契機とした事業者側の旺盛な需要を伺い知ることができる。テレワーク導入による業務負荷への影響については、「負荷が減った」が6割を超えた一方で、(図5)生産性に与えた影響については、「生産性が上がった」は4割弱という結果となった。(図6)業務負荷が減った理由として、「オンライン会議による時間短縮」や「情報共有が進んだことによる負荷軽減」が挙げられる一方で、生産性が下がった理由として、「セキュリティ上、職場内のみ閲覧可能な資料の存在」や、「現場作業における間引きによる人手不足」、「印刷ができない」、「電話やメールによるレスポンスの悪さ」などが挙げられた。職場でしかできない業務の存在により、負荷軽減だけでなく、生産性の向上にまでつなげることは難しいことがわかる。  ワークライフバランスへの影響は、「良い影響が多かった」が約7割(図7)となっており、企業として感じられたメリットについては、「通勤時間削減、三密回避による感染症予防」、「柔軟で多様な働き方」、「通勤負荷の減少による従業員の健康増進」の順に回答が多かった。(図8)理由として、「子供や家族の時間を多く取ることができた」、「妊娠中、子育て中の職員が安心して勤務できた」、「生活リズムに合わせた勤務時間の選択が可能になった」など、テレワークがワークライフバランスの改善に大きく貢献している。  今後の勤務形態の展望は、テレワークの活用を検討している企業が約8割を占めた。人材不足感が高まる中、多様な働き方の推進が人材確保につながることも期待でき、この観点からも企業において、今後もテレワークの一定の活用が見込まれる。 (2)行政手続のオンライン化(セーフティネット保証認定)  デジタル社会が進展し、場所に捉われない働き方が広がる中、企業側の変化に行政としてどのように対応すべきであろうか。そこで、次は、少し視点を変えて、自治体の窓口に足を運ぶことなく申請できるよう、行政手続のオンライン化に取り組んだ事例を紹介したい。  令和2年4月に、国が打ち出した「民間金融機関による実質無利子・無担保融資」。この融資は、コロナの影響を受ける事業者の資金繰りを支援するために設けられた、当初3年間分の利子が実質無利子となる大変有利な融資である。この融資を受けるためには、自治体の窓口で「セーフティネット保証4・5号」、または「危機関連保証」のいずれかの認定を受ける必要があり、これを担う窓口には、融資を受けたい事業者が殺到した。多い日は、1日に200件を超える申請があり、申請者が待合室に入りきらず、廊下にまで人が溢れる状況で、密による感染リスクも懸念された。  そこで、取り組んだのが24時間いつでもどこでも申請を行うことのできるオンライン化の取組である。スタートアップ企業との実証実験を経て、オンラインによる申請システムを、2か月弱という短期間で運用開始した。システム導入の効果はめざましく、窓口の混雑は大幅に解消。認定書の交付の際に、最大3時間かかっていた窓口での滞在時間が、1~2分にまで短縮した。さらに、現在は、一部の認定申請は、全てオンライン上で完結するため、来庁が不要となっている。  対面での申請も並行して受け付けているが、オンライン経由の申請が8割を超えており、対面が当たり前でなくなった現在において、オンライン化がよく受け入れられている。実際、事業者からは、「交通費や往復の時間も削減できて助かった」「在宅ワークで手続きの簡素化ができて助かる」「全ての手続きがオンライン化されることを望む」などの声が寄せられた。  従業員の少ない小規模の企業においては、市役所の限られた窓口の受付時間にあわせて人を出すこと自体、難しい状況が想定される。また、これまで申請者が当たり前に行っていた手続や移動に要する負担感は、テレワークの普及や人手不足感の高まりなどを背景に、以前よりも増している可能性がある。今後、社会全体のデジタル化が進むことによって、移動を伴う手続きが求められること自体、当たり前でなくなっていくことも十分想定される。 4 まとめ  アメリカの経済誌フォーブスは、新型コロナウイルスにより「新技術の導入がこれまでにない速さで進み、10年分の大転換が10カ月で起きた」と紹介している。そして、この大転換は、「漸進的進化ではなく、正真正銘の革命だった」と述べている。コロナ禍前の旧来のサービスや考え方、業界そのものが完全に覆され、置き換わり、時代遅れとなり、非接触配送、オンラインショッピング、二次元コード、テレワークやオンライン会議と、私たちの日常生活のあらゆる側面が「新しい生活様式」に変貌を遂げた。  こうした社会の大きな転換は、企業においても競争力や生産性を高め、持続的な成長を実現する上でDX・デジタル化は欠かせないものとなっている。また、人手不足が深刻化する中、働くの場の魅力向上という観点でも、取組の重要性が増していることから、本市としても、市内企業のDX・デジタル化に向けた取組をバックアップしていく必要があると考える。  また、コロナ禍で、行政デジタル化の遅れが浮き彫りとなった。企業において、オンライン会議やテレワークなど、移動せずとも業務を遂行することが日常になりつつあり、移動の概念が大きく変わってきている。経済産業省は、デジタル・ガバメント中長期計画の中で、令和7年までに所管する全ての手続きをオンライン化するとしている。本市においても、企業のDX・デジタル化を支援する立場として、申請にかかる負担を軽減し効率化を図る必要がある。  通常、自治体における業務のオンライン化は、予算編成から、仕様の決定、業者選定における公平性の確保、セキュリティの担保、現場との調整等、導入に至るまでのハードルが極めて高い。また、行政の性質上、実窓口や紙による申請をなくすことが難しい面があり、オンライン申請に一本化できないことで、費用や管理コストが重く、実施には相当の動機がないと難しい現状がある。そこで経済局では、令和4年度から、クラウド型データベースを統一的に試験導入し、所管課でノーコードで簡易的な申請システムを作成できる環境を用意した。オンライン化を実施することへの負担を極力軽減することで、申請手続きのオンライン化を推進し、市内企業の負担軽減、効率化を図っている。  現在、企業を取り巻く環境は、長引くコロナ禍において、海外経済の減速懸念や、足元の物価高や金融・為替市場の動向など、不確実性が極めて高い状況にある。本市では、変化する経済情勢を注視しつつ、市内中小企業への経営相談や資金繰り支援をはじめとする基礎的支援に加え、デジタル化や脱炭素化などの新たな挑戦、人材不足に対応するリスキリングなど前向きな取組を支援し、横浜経済の持続的な成長を目指していきたい。